30歳の童貞男を描いた『モテキ』徹底解剖
最近、僕が最もハマってるドラマを紹介する。テレビ東京で深夜に放送された森山未來主演の『モテキ』である。平たくいえば、全然モテなかった30歳の童貞男に急にモテ期がやってくるというもの。しかしこれがどうもなかなかうまくいかなくて、あれやこれやと一人で悩んでる男の姿が何だか妙にシンパシーを感じてしまうわけ。
先月DVD-BOXがリリースされたばかりで、これがゴールデンのドラマに匹敵するほど好調な売れ行きだそうで。僕も早速DVD-BOXをゲットしたが、面白いからもう3回も繰り返して見てしまった。いてもたってもいられずこの感動を共有してくれる人を求めて色んな友達にも薦めた。何度見ても考えさせるものがあるっつーか。これほどドラマを見てて「あ、自分だ」と思ったものはないっつーか。こんなに面白いドラマを埋もれさせておくわけにはいかない。もっと広く見てもらわなければいかんよ。だったらここでいっそ記事にしちゃおうではないかと思ったわけ。
このドラマ。ジャンルはラブコメかな。いや、ジャンルというくくりでは語れない。深いけど見やすいっつーか。軽いけど重たいっつーか。チャチなようでチャチに見えないっつーか。あざといようであざとくないっつーか。コミカルだけど実はすげえ哲学が入ってるんじゃねえかって。なんつーか、僕は今まで深夜の30分枠のドラマをバカにしてたけど、食わず嫌いでした。『モテキ』は30分とは思えないほど密度が濃くて、毎回毎回続きが見たくてしょうがなくて、はっきり言って今年見た映画とかアニメとか全部ひっくるめて『モテキ』が一番面白いんじゃないかと思ったり。こういう良作を発見することが、僕の人生にとって最大の喜びなのであります。
12月5日(日)には、渋谷のタワーレコードで『モテキ』大根仁監督のトークイベントをやっていたのでウチも取材させてもらった。基本的にこれは取材NGのイベントだったけど、「『モテキ』を熱く語ってくれるなら」ということで、ほぼ独占に近い形で取材させてもらったぞ。トークイベントには僕の大好きな野波麻帆さんも来てて、色々なドラマの裏話が聞けた。この記事では、大根監督を中心に書かせてもらうけど、大根監督はツイッターをフル活用してドラマを宣伝しまくったとのこと。ネット事情の厳しさはわかってると思うけど、まずはクリックしてページを開いてもらわないことには始まらないのがウェブ媒体の悲しさでして、まずは色っぽい野波さんの顔の写真でネットサーファーをここに引きつけておきます。
イベントでは、野波麻帆が、スーツ以外すべて自前だということが明かされた。いや、これは有名な話で、松本莉緒もそうなのだが、まさかパンツまで自前とは思わなかったのではないか。『モテキ』には4人の女性が登場し、主人公・幸世を取り巻くが、その中でも最もエロいのが野波麻帆演じる土井亜紀。女性陣で唯一パンツ一丁になるヒロインだ。大根監督は出演交渉の際、「パンツ一丁になれますか?」と聞いたところ、野波麻帆は二つ返事でOKを出したとのこと。「自前でも大丈夫ですか?」と聞けば「ハイ」と。Tシャツにパンツ姿で画面に出て来たときは野波本人もびびったそうだが、あのパンツが本人自前と知ったら、もう興奮するよね。あの太もものムチムチした感じが最高で、野波さんは痩せたいと言ったそうだけど、大根監督が「やせないで。今の方が絶対いいから」と説得したとのことで。この日は柄ストッキングで登場した野波麻帆。「男性は生足の方が好きと思ってたのに、柄物の方が好きなんですね」と、男性の趣味もだいぶわかってきた様子だった。
このドラマの撮影中、キャストの女性陣にはリアルでもモテ期が訪れたが、その中で野波麻帆だけが不幸の部分を背負う形になったと監督はいう。野波は「そうなんですよ。私だけがモテないんです。土井亜紀のイメージが先行して、”土井亜紀”と言われるようになったので、土井亜紀になればもてるのかなと思って、今は土井亜紀を意識して生活してます」とコメントしていた。撮影中は「変態女優」というあだ名がついたらしく「東宝シンデレラの看板をおろして変態女優野波になります」と冗談ぽく意気込みを語っていた。東宝といえば、大根監督は東宝カレンダーを買ったそうで「俺は一年中8月です」と話していたのには笑った(東宝カレンダーの8月のモデルは野波麻帆)。
この日、大根監督は「裸よりも下着の方がいい」と言ってたけど、この気持ち、僕もよくわかる。裸よりも下着の方が数倍エロい感じがするんだよね。ちなみに僕は水着グラビアよりも断然服を着たグラビアの方が好きなんだけど、この気持ちも大根監督ならわかってくれそうな気がする。ここに共鳴できるなら『モテキ』にも共鳴できるのではないだろうか。
『モテキ』の面白いところは、放送回ごとに相手役が異なることである。4人の女性が登場するが、その4人が一緒に出てくることはない。主人公はいつも幸世(森山未來)だが、出てくる女優は基本的に4人のうちの1人だけである。主要登場人物が毎週違うというのが、何やら壮大なヒューマンドラマを見てる気にさせてくれる。
相手役一覧 | |
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第1話 | 土井亜紀 |
第2話 | 中柴いつか |
第3話 | 小宮山夏樹 |
第4話 | 小宮山夏樹 |
第5話 | 林田尚子 |
第6話 | 中柴いつか |
第7話 | 土井亜紀 |
第8話 | 土井亜紀 vs 中柴いつか |
第9話 | 土井亜紀 |
第10話 | 小宮山夏樹 |
第11話 | 小宮山夏樹 |
最終話 | 小宮山夏樹 |
キャラクターとキャストについて
藤本幸世(森山未來)
いつもバンドTシャツを着てるオタク。なんでも被害妄想して自己完結してしまう人生の落ちこぼれ男だが、人間誰しもこんな劣等感は持っているのではないかと思う。そこが共感を呼ぶ。『モテキ』は、森山未來にとって代表作になっただろう。未來くん自身も「これほど何度も繰り返し見た作品は他にない」というほどのお気に入りだと話していた。『フィッシュストーリー』の「正義の味方」役も威圧感のない普通の男が正義の味方をやるからかっこよかったわけだけど、『モテキ』は男から見ても全く嫌味のない未來くんならではの普通ぽさが幸世にぴったり。未來くんは「え?」という顔でいかにも驚いたよという表情をするのが嫌いだそうで、そのためモノローグ中もほぼ無表情で演じているが、そこが良かった。「けっ。森山未來みたいなかっこいい奴に本当にもてない男の気持ちなんかわかってたまるか」と思っている人にはDVD-BOXのメイキング(『モテキ』を否定したフェイクドキュメンタリーという前代未聞のメイキング)を見てもらいたい。そこに答えがある。本当に未來くん、性格いいです。(『その街のこども』の記事も読んでね)
土井亜紀(野波麻帆)
ドラマでも最もエロいキャラ。どんな男の前でもいい顔をし、自分が恋愛の主導権を持ちたがる。幸世も土井亜紀もお互いに相手の前では見栄を張ってしまう。幸世同様に恋愛に対してすごく不器用な感じがあり、彼女のモノローグは女性の気持ちを表現しており興味深い。女はわからんというけど、わからん世界が少し垣間見える感じ。一応このドラマのヒロインの位置づけだが、ヒロインが第1話に登場して次に登場するのが第7話というのはある意味凄い。久しぶりに登場しても久しぶり感をほとんど感じさせなかった。(『BABY BABY BABY』の記事も読んでね)
中柴いつか(満島ひかり)
色気のないボーイッシュなキャラだが、一番のロマンチストでもある。幸世と趣味が一致しており、幸世が気を使わずに友達として付き合える相手。童貞の幸世を受け入れてくれたが、非常にデリケートで、第8話で幸世が土井亜紀とキスしているのを見てからプツリと出番がなくなった。演じる満島ひかりは、テイクのたびに違う演技をしていたという。彼女には撮影前のテストはしなかった。テストが一番良い演技になるかもしれないので、始めからカメラを回しておく必要があったからだ。(『プライド』、『悪人』の記事も読んでね)
小宮山夏樹(松本莉緒)
ミステリアスな美女。作中、夏樹だけ徹底して男性からの視点で描かれているため、夏樹がそのとき何を考えていたのかは誰にもわからない。夏樹を得体の知れない像として描いたことで、このドラマにより深みが加味された。松本莉緒は無二の適役でまさにイメージどおりであるが、松本莉緒もそういう人なのかと勘違いする危険もある。だから松本莉緒がインタビューで「私とは真逆の性格だと思ってください」と言っていたのには一安心した。ちなみに、松本莉緒は台本がボロボロになるまで何度も読み合わせをするほど仕事熱心だという。(『湾岸ミッドナイト』の記事も読んでね)
林田尚子(菊地凛子)
ヤンキーというわかりやすすぎるキャラ。いつ恋の相手役になるかもしれないという可能性は常にはらんでいた。幸世が本音で相談できる相手だが、言うことはかなりキツめで、見ているこっちまで自分のことを言われてるような気がしてグサリとくる。アカデミー賞にもノミネートされ、あらゆる映画で引っ張りだこの菊地凛子がテレビ東京の深夜ドラマに出るわけがないだろと思ってたら二つ返事で出演を快諾。撮影中もユーモアのある人で、すごく腰が低かったとは大根監督の談。(『アサルトガールズ』、『ノルウェイの森』の記事も読んでね)
当たり前のことだが、女性4人は容姿も性格も全く違う。この4人が主人公・幸世と絡んでいくところがこのドラマ最大の見どころである。僕は主人公・幸世を見て「自分だ」と思ったが、考えてみれば、恋愛に不器用な土井亜紀、処女だったいつかちゃん、何を考えているのかわからない夏樹ちゃんも裏を返せば幸世のパラレルである。原作者の久保ミツロウ先生は女性。脚本を書いた大根仁監督は男性ということで、視点が男女一方に偏ることもなく、モテるモテないに限らず、誰が見ても、幸世に共感できるドラマになっているんじゃないかと思う。
『モテキ』全話一挙解説
タイトルバック
幸世の女神輿の妄想が映像化したもの。主要登場人物が一堂に会する唯一のシーン。毎回毎回見てるタイトルバックだが、これが何度見ても全く飽きない。タイトルバックは飽きてはいけないものだが、その点ではこのタイトルバックは最高得点を進呈したい。フジファブリックの「夜明けのBEAT」も心に残る名曲だし、真っ白の背景とミラーボールがオシャレでアーティスティック。そして何と言っても女優4人の顔の表情がかっこよすぎる!
第1話「格好悪いふられ方」
視聴者がどのくらい集まるかが決まる大切な第1話だが、30分とは思えない濃厚な作品になっており、第1話という大役を全うしている。実際の視聴率は散々だったそうだが、今こうして見返して見てもエンタテイメント性満載で、モテキャラの代表格の石田純一も出てくるわ、カラオケのシーンなど深夜ドラマならでは、やりたい放題、それがことごとく成功している。フェスのシーンの臨場感もゲリラだからできたこと。勃起の描写は原作にないものだが一番面白い描写。もっと幸世の勃起シーンを見たかった。
第2話「深夜高速 〜上に乗るか 下に寝るか〜」
やはり浴衣の勃起シーンが最高。中柴いつか編は2話しかないのに、登場シーンがすごく多かったように感じるのは、それだけ満島ひかりの存在感が際立っていたということだろう。ほとんど満島ひとりで演技して森山は棒立ちのままモノローグで心情を吐露させる手法で岩井俊二の名作が引用された。岩井俊二がツイッターで本作を褒めたときは大根監督もかなりびびった様子。
第3話「恋はいつも幻のように」
夏樹編前編。『(500)日のサマー』をパクったというミュージカルシーンもあり、祭りのごとく盛り上がる会。松本莉緒のあまりの美しさにびっくり。松本の「ん?」という声が最高にいじらしい。これを見ると、夏樹こそ本作の鍵を握る最重要人物なのではないかと思う。現代の幸世と中学生の幸世、ニートの幸世の3人の芝居が面白すぎる(ちなみに、過去の自分は妄想なのに、本当にタイムマシーンで過去に行って連れてきたと解釈してる人もいた)。予告編をキスだけで見せたところに監督の作家性を見た。
第4話「はっきりもっと勇敢になって」
夏樹編後編。夏樹にはモノローグはなく、このドラマにおいては非常にシンボリックな使い方がされている。僕にも夏樹といえる人はいたので心当たりのあるシーンは多く、つい思い出した。螺旋階段のキスシーンは赤いライティングなどムードたっぷりで良いシーンだが、若干ピントがずれてるのが個人的に気になった。あそこまで来て勃たないという展開はあまり好きではないけど、ハリウッド映画みたいに出会ってすぐにベッドインするよりはマシ。
第5話「リンダ リンダ」
大根監督は「リセット回」と言っており、幸世をとりまく女たちはこの回には登場しない。その代わり幸世に告白したたったひとりの女性と、林田という新キャラが登場する。林田の説教が、なんだかとても痛いとこをついてくるので、見ているこっちまで自分のことを言われている気がしてくるから不思議だ。
第6話「ロックンロールは鳴り止まないっ」
再びいつかちゃん登場。女性視点で描かれた回ということで、一般的な評価もかなり高い回である。第2話で恐らく多くの視聴者が「いつかちゃんの処女を奪ったのっていったい誰だよ」と思っていただろうが、後になってその答えを教えてくれるこの引きの面白さ。しかも相手役はリリー・フランキー。『色即ぜねれいしょん』始め、童貞をテーマにした作品には欠かせない人物ゆえに妙に説得力がある。そういえば僕も女性に急に泣かれてどうしていいのかわからなくなったことがあったなあ。そういえば僕もお尻に血がついてる女性を電車の中で見たことがあったことを思い出した。
第7話「スイミング」
ヒロイン野波麻帆が6話ぶりに登場。新キャラにちょいやば目のオム先生(浜野謙太)が登場し、いよいよ『モテキ』も本題に入ってきた感じ。幸世と土井亜紀の心の微妙なすれ違いが面白い。二人ともバカなんだよなあ。でもそういう不器用さがまたよくわかるんだ。ちなみに本作の撮影はデジタル一眼レフカメラで撮影されている。被写界深度が浅いので、いかにもドラマっぽい映像にはなっておらず、どちらかというと映画の映像に近い。役者たちもカメラが小さいことで、カメラの存在をあまり意識せずに演技に打ち込めたという。
第8話「永遠のパズル」
僕にとっては最終話の次に好きな回。全12話中、たった唯一、二人以上の女性が幸世の前に出てくる回である。ひとつ屋根の下、幸世と土井亜紀といつかちゃんがカレーを食べるシーンを見てるとついニタニタしてきちゃう。そこにオム先生がいることをほぼ忘れてしまうほど。幸世が「いろんな男の人の前でいい顔すんな」と叫ぶシーンは、よくぞ言ってくれたという感じ。階段のキスシーンの音は生音。かなり生々しい。カメラがパンしていつかちゃんが映ったときのショックといったら。うーん、このドラマ、やっぱ面白いわ。
第9話「NUM-AMI-DABUTZ」
デブの幸世が急に痩せてる幸世に変わるシーンが無理がありすぎるが、デブだった自分は妄想だったと言い聞かせて納得することにした。幸世が土井亜紀に「おめでとう」と言うシーン、本当に幸世がバカすぎてイライラしてしまうけど、でも僕も恋愛に限らずよくこういうバカなことを言ってしまうこともあるので、他人事じゃなく、すごく共感してしまった。土井亜紀の部屋でだらだら語り合うシーンの会話が我の世界に入っていて何やら異様な感じ。野波麻帆が妙にエロい。
第10話「悪い習慣」
夏樹編というよりは親友の島田編。ここからは幸世も落ちていくだけ。幸世の初恋の人の存在が登場するなど見どころもあるが、正直、この10話と11話は痛みの方が強すぎて、作風も暗めで、あまり好きではない。島田がどんどん嫌な奴に見えてくる回だが、好きな女を親友に奪われるほど屈辱的な展開はあるまい。夏樹の「...うん。バイバイ」のセリフはこのドラマで最も痛恨の一撃。
第11話「サマーヌード」
いい人だと思っていた夏樹が本当に魔性の女のように見えてきて、なんだか夢を壊されて行くようで、見ていて辛くなる回。親友とケンカをするシーンでは、嫌ぁな気持ちになってくる。何も言えなくなってただ走り出す幸世の背中が切ない。同じ立場なら、僕もきっと走って逃げただろう。ところで、『モテキ』の魅力は、作中にかかるセンス溢れるJ-POPの数々だが、DVD-BOXでは、ほぼオンエア版と同じ楽曲の使用が実現しているとのことで、いろいろと権利交渉で頑張ってもらったテレビ東京に感謝したい。
最終話「男子畢生危機一髪」
大根監督は、最終話にして自身の最高傑作を作った。この回だけ別の作品とは作風が違っており、映画として独立させてもイケるんじゃないかと思う。夕暮れ時に撮影された映像と音楽が何とも綺麗で詩のような世界になった。嫌な奴だと思っていた夏樹が、「私、両親いないんだ」、「高校に行ったことないから」と言うところを見るにつけ、なんだか夏樹が寂しい人に見えてきて、急に夏樹という人物に情が移ってしまい、生徒会室のラブシーンではじわじわと来た。DVD収録のディレクターズカット版ではオンエア版に比べてゆったりと時が流れていく感じに描かれており益々良い。それは本当に魔法の様な時間に思えてくる。でんでんの名芝居の後、大団円を迎えるラストでは、eastern youthのタイトル曲が爆音でかかる。自転車でひたすら全力疾走する幸世と汗まみれのライブ映像がカットバックされて無茶苦茶かっちょいい。一気に駆け抜け、夜明けの太陽をバックに終わる。Half-Life「J-POP」も最高。いやー、熱いものが込み上げてくる力強いエンディングでした。
以上、たっぷりと『モテキ』について語らせてもらった。大根監督もトークイベントでは「やりたいことは全部やった集大成」と胸を張っていたが、まさに『モテキ』は、深夜ドラマのエンタテイメントのすべてが詰まった革新的なドラマである。このドラマを見て感じる大きな痛み、苦しさ、そういったものまでひっくるめて『モテキ』は心に響く感動のヒューマンドラマではないかと思う。永久保存版『モテキDVD-BOX』(東宝・15,960円)はただいま絶賛発売中だ。→Amazonで購入(文・澤田英繁)
2010/12/19 18:23