『コララインとボタンの魔女 3D』
ヘンリー・セリック監督インタビュー
「ストップモーションアニメを演出することは実写映画を演出することに近い。作業工程は物凄くゆっくりだけどね」
2月19日(金)より、『コララインとボタンの魔女 3D』(以下『コラライン』と表記)が公開される。ヘンリー・セリックが手掛けるストップモーションアニメーション史上初の長編3D映画である(*ストップモーションアニメーションとは、1秒間に24コマ、人形などを少しずつ動かして撮影し一連のアクションを表現するアニメーション手法)。アニメ界のアカデミー賞とされるアニー賞では最多8部門10ノミネートされ、キャラクターデザイン賞、美術賞などを受賞。世界で最も権威あるアカデミー賞の長編アニメ映画部門にもノミネートされており、今最も注目されているアニメ映画のひとつである。CG全盛のこの時代の中でストップモーションの世界にこだわり続けているヘンリー・セリック監督にたっぷりとその思いを語ってもらった。
--子供のころから怖い作品が好きだったと聞いてますが?
人間誰しも怖いものが好きだと思う。怖いと思った後、「大丈夫だよ」と抱きしめられる。このコンビネーションがみんな好きなんじゃないかな。僕は古典的なおとぎ話が好きだけど、その中にダークな要素がなくても僕は自分でダークな要素を加えようとするんだ。たしかに僕が小さい頃好きだったダークなものも自分の作風に影響しているかもしれない。もちろん『コラライン』も含めて、僕の作品は僕自身が作りたいと思うから作っているわけだけど、幅広い年齢層に見てもらう中で、とくに子供が見る場合、子供が危険なものと対決して勝利することは大切なことだと思う。とくにコララインの場合は銃もなければ超能力があるわけでもないわけだから。
--ストップモーションアニメーションが他のアニメーションよりも優れているところは何ですか?
本物の人形を使うわけだから、その存在感だね。実際に動かして撮ること。実際にここにいるんだというのが力強い存在感になっているんだ。これは決してCGアニメやセルアニメでは出すことができないものだと思う。それがストップモーションアニメの一番の強みだ。子供のとき、お気に入りのおもちゃがあったよね。人形でも、ぬいぐるみでも、それが生きていて自分と話しているようなコミュニケーションを経験したことが誰しもあると思うけど、それと同じことをストップモーションアニメーションが実現していると思う。本物のセットを作って、本物の照明をあてて、全部がそこにある。だから他のアニメーションよりもすごく肉体的な作業になるね。みんな動きまわっているし、ある意味、作り手側がパペットを通して演技をしているような現場だ。
--今回はCGで描いたりはしていないのですか?
作品の95%は完全にそこにあるものを撮影したものだ。でも本当にちょっとしたことにCGを使っている。例えば3人の幽霊たちがコララインに危険が迫っていることを知らせに来るシーン。このときの背景はゴッホにインスピレーションを受けていてCGで描いている。他にもデジタル合成を使っていて、例えば、空に動きを入れたいと思ったとき、キャラクターと空を別撮りして合わせる作業とか。それから、いわゆるデジタルクリーンアップという作業もやっている。コララインの表情は上と下のマスクの組み合わせで出来ているから、どうしても顔に線が残ってしまう(画像参照)。実は僕はこの線を残したかったんだけど、みんなに反対されてコンピュータで消すことになった。顔の線の他にも、キャラクターがこうやってジャンプしたとき(立ってその場でジャンプしてみせ、ペンを落としてしまう)、間に支えを入れて固定しなければいけなかったから支えも消した。アクション映画でワイヤーを消すことと同じことだ。そんなちょっとしたところにデジタル技術を使っている。
--製作に何年もかかったそうですね。
そうかな。たったの3年半だよ。僕は全然長かったとは思わなかった。最初ニール・ゲイマンが僕に脚本を書いて送ってくれて、「さあ作っていいよ」という段階に来るまでには結構時間がかかってはいるんだけど、製作に入ってからは3年半だ。CGアニメーション全盛の時代にストップモーションアニメーションが作れるということで、とにかく嬉しかったし、ここはとにかくいいものを作ってやろうという意気込みでいっぱいだった。だから一度も不安になったことはなかったし、むしろみんな自信にみなぎっていた。撮影は18ヶ月間だけど、プリプロダクションには1年間費やした。その間にパペットデザインだったり、声優のキャスティングだったり、それからストップモーションの場合は全部絵コンテを作っておかなければならなかったからね。
--原作と大きく変えたところはありますか?
ニール・ゲイマンの小説はイギリスの小説だから舞台がイギリスだった。それを脚色の段階でアメリカにした。僕がイギリスの台詞回しに自信がなくて、アメリカ英語で行きたいと思ったからだ。それと、実は映画では新しいキャラクターを登場させている。男の子のワイビーだ。ワイビーを登場させたのは、コララインの現実の世界が空虚で何か足りない気がしていて、彼女にぶつかったり話すことができる自分と同じ年頃のキャラクターが必要だと思ったからだ。あとは文字どおり何百という微調整はしている。自分にとって大切だったのは、これを映画として成立させることで、知っての通り原作をそのまま映画化することはできないから、その中で必要なことはしたつもりだ。しかし、それと同時に数多くの原作ファンに「これ違うんじゃないの?」と思って欲しくなかったから、彼らが見てもハッピーと思える作品にしようと心がけた。その点では僕もちょっとナーバスだったね。
--日本のアニメーションで心に残っている作品はありますか?
僕には二人息子がいるんだけど、息子たちとよく一緒に『となりのトトロ』を見るんだ。次男は『攻殻機動隊』が好きだと言っていたけど、僕は宮崎駿が日本のアニメーション監督で一番好きだ。『千と千尋の神隠し』は本当に傑作だと思うし、『コラライン』にも似ているところがあるかもしれないね。宮崎作品の主人公は女の子が多いよね。彼の作品を見ることで、僕は”ガールエナジー”って言ってるんだけど、女の子の力を理解することができた。それから、子供のときに最初に影響を受けた日本のアニメは『鉄腕アトム』だった。これについてはすごく思い入れがあって歌もよく覚えているよ(『鉄腕アトム』の歌のイントロを歌う)。東京に来たのはこれで2度目だけど大好きな町だ。この先10年20年と、毎回新作を作る度に呼んでもらえたらいいなあ。
--『コラライン』を見ていて思い出した映画が1本あります。ジョン・カーペンターの『ゼイリブ』という映画です。黒ネコ役のキース・デヴィッドが出てる映画です。
それは見たことがないな。ジョン・カーペンターはすごく有名な監督だけど、僕の知らない映画だ。
--最近3Dのアニメーションが増えて来ましたが、この傾向をどう思いますか?
『コラライン』は3Dという手法がぴったりだった。この手法はストップモーションアニメーションに最適の手法だと思う。ストーリーの上でも、女の子が秘密の世界を発見していくという話で、『オズの魔法使』が現実の白と黒の世界から急にカラーの世界に行くように、3Dも表現方法のツールとして、日常は立体感を抑えて、非日常は奥行きを出して、日常から非日常の変換の部分を大きく担っていると思う。でも3Dアニメーションが増えていく傾向については、正直それはどうなんだろうと思う。全部の作品が3Dである必要はないと思う。
--今ちょうどジョン・マスカー監督とロン・クレメンツ監督が同じホテルに来てますけどご存知でした? 彼らに対してライバル心とかはありますか?
先日会ったよ。僕らは古くからの友人同士なんだ。ライバルだとは思っていない。僕らの置かれている状況はよく似ている。ディズニーでは数年前にセルアニメ部門を完全に閉鎖してしまったのだけど、何年かぶりにセルアニメを再開することになって、そうしてできたのが『プリンセスと魔法のキス』だった。僕自身もストップモーションアニメという意味では久しぶりの長編だったから、お互いに今すごく幸せな状況にいると言えるね。このCGアニメ全盛の世界で、僕らの大好きなセルアニメとストップモーションアニメの手法で映画を皆さんにお届けできるのは本当に嬉しい。
--ストップモーションアニメーションを作る上で最も大切にしていることは何ですか?
とても複雑な映画作りの手法だから、ディテールは大切だ。でも僕の監督としての仕事はディテールに圧倒されないように、そこから距離をおいて、キャラクターたちのパフォーマンスがリアルであるかとか、ストーリーがちゃんと伝わってくるかとか、技術を見せびらかすようなことではなく、ちゃんと感情に訴えるストーリーが描けているかを気にするようにしている。
--キャラクターに「演出する」というのは具体的にどういうことなのですか?
ではコララインを例にとって説明すると、彼女は今回の主役だよね。まず彼女が誰なのか、彼女の本質は、彼女の顔や仕草である程度こういう人なんだとわかるよね。それから彼女のたたずまい、歩くときに独特な歩き方をすることなど。それから声優の演技も僕が演出するんだけど、そこも大きな要素になる。アニメーション・スーパーバイザーのアンソニー・スコットという人がいて、彼がパフォーマンスをだんだん作っていって、そこから他のアニメーターたちがそれぞれ何かを加えてくれるんだけど、最終的にはそれがあわなくても「もうちょっとこうなんじゃないか」とか、視覚的な彼女の動きに新しいことをもたらすように演出していく。そうやって作っていく感じだ。
アニメーターたちは個々が素晴らしい俳優だ。パペットを通してそれに命を吹き込むことによって彼らは演技をしているわけだ。僕の仕事ぶりは実写映画にすごく近い。実写と同じようにセット、照明、撮影、メイク、衣装、全部を見ている。パペットは生きているわけではないので、アニメーターたちと打ち合わせしたり、リハーサルもする。「ちょっとここは動きが早すぎるんじゃないか」、「もっとゆっくり行こうよ」と指示するところは実写に近いけど、大きく違うところはとにかく作業工程がゆっくりしていることだ。でも、30のセットで同時に撮影が進行していたから、僕はあっちこっちに行って見ていた。追加でアフレコがあればそっちにもいくし、編集も見る。基本的に物凄く飛び回っていて、言わば病院の外科部のトップみたいなものだ。色々な患者をみるためにあっちにいってこっちにいってという感じを想像してもらえると分かるかな。
--では自分で人形を動かすことはないんですね?
自分で動かすことはない。撮影に入る前に、こういうことをしてこうするんだというのをアニメーターたちに説明して、その段階である程度演出をつけているからね。そこまで僕がやっていたら監督している時間がなくなっちゃうよ。
--そもそも一番最初にこの世界に目覚めたきっかけは何だったのでしょうか?
小さいときに素晴らしいストップモーションの作品に出会ったんだ。レイ・ハリーハウゼンの作品は自分にとってすごく重要で、『シンドバッド7回目の航海』と『アルゴ探検隊の大冒険』の2本には最も影響を受けた。それと、パペットアニメではないけど、ロッテ・ライニガーというドイツの女性で初めて劇場用のアニメーションを作った人がいて、彼女の『アクメッド王子の冒険』という作品にも影響を受けた。そして美大生だった20歳の時にアニメーションでしか自分の世界に命を吹き込むことができないと気付いた。ヤン・シュヴァンクマイエルとか、カナダのコ・ホードマンがストップモーションアニメの世界で有名だったけど、そのころはまだ自分がこの世界でやっていくとは思っていなくて、当時はアニメーションの表現方法といえばセル画しかなかった。そこでディズニーの線描のアニメーターとして仕事をもらったんだけど、仕事のかたわら、自宅では趣味で等身大のパペットを使ってストップモーションアニメを作っていた。そのとき自作した最初の作品を見た時、自分にはこの道しかないと確信したんだ。それが『Seepage(原題)』という作品だった。
--では、最後の質問ですが、ストップモーションアニメーション以外に映画化したい題材とかありましたら教えてください。
見る側としては、色々なタイプのアニメーションを見ることは好きだよ。他のアニメーションの作品にSFXの形でストップモーションを用いる可能性はあるかもしれない。カナダのとても有名なアニメーターのキャロライン・リーフは、バックライトを使ってとても美しい砂のアニメーションを作るんだけど、ああやって乾かない絵の具を使って物語を作ってみるのも面白そうだ。でも僕の場合、ストップモーションアニメの製作費を出してくれる出資者がいる限りはストップモーションアニメを作り続けたい。僕にとってナンバー1の手法だからね。だって考えてごらんよ。セルの一枚一枚に絵を描いたり、モニターの前でピクセル単位で格闘しているよりは、パペットを動かしている方が楽しいでしょ。
『コララインとボタンの魔女 3D』はギャガ配給で、2月19日(金)より全国ロードショー。
(2010年2月11日 ザ・リッツ・カールトン・ホテル東京 取材・澤田英繁)
【Henry Selick】
1952年2月8日アメリカ・ニュージャージー州生まれ。『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』でアニー賞を受賞。他に『ジャイアント・ピーチ』、『モンキーボーン』などを監督。