『インセプション』は現代版『2001年宇宙の旅』だ

『インセプション』

クリストファー・ノーラン監督(40)の『インセプション』が大ヒットしている。全米では公開3日間の興行成績で『タイタニック』を超えており、レオナルド・ディカプリオ(35)がついこの前打ち立てた『シャッター・アイランド』の記録も早くも破った。すでに日本国内観客動員数は100万人を突破しており、その勢いはとどまるところを知らない。リピーターも続出しており、もはやカルト的な人気を博している。今回はそんな『インセプション』の見どころについて探っていこうと思う。

まずは渡辺謙(50)の存在について。これは日本人としては本当に嬉しい話だ。渡辺はすでにハリウッド映画に沢山主演しており、米アカデミー賞の候補にもあがった数少ない日本人俳優の一人であるが、言ってしまえば過去の作品はあくまでも「日本」を意識した役どころでしかなかった。『ラスト・サムライ』にせよ、『硫黄島からの手紙』にせよ、『SAYURI』にせよ、ハリウッド映画に日本人が出ているという実感がなく、「日本ありき」の渡辺謙だった。だからむしろこれまでで一番驚いたのは「『バットマン ビギンズ』に悪役として抜擢される」というニュースだった。かつてこういう形で日本人が出てくることはまずなかったからである。しかしふたを開けてみると渡辺はチョイ役だった。がっかりした日本人は多かっただろう。でもそれでも当時はすごいと思ったものである。このときから監督はまた渡辺と映画を撮りたいと思っていたのだという。この監督が後に『インセプション』を作るクリストファー・ノーランだった。かくして『インセプション』の渡辺はディカプリオに続いてクレジットされる堂々たる準主役である。当たり前のように登場しており、ゲストではなく、真の意味でハリウッド映画に進出を果たした実感がある。過去100年、三船敏郎でさえも感じられなかった本当の実感がここに初めてある。しかもその第一弾がこれほどの大作である。「ハリウッド・スター渡辺謙」の勇姿は日本人としては何とも嬉しい。

続いてレオナルド・ディカプリオの存在について。特徴的な顔をしているので、記憶にも残りやすい。日本でも『タイタニック』は絶大な人気なので、名を知らなくとも、その顔を知らない人はいない。おそらく世界で最も顔の知られたスターではないかと思う。こういう存在は極めて希有だ。映画俳優のシンボル的存在の人が出ているわけだから、それだけでもこの映画は注目されやすい。観客の中には『タイタニック』以来久しぶりにディカプリオを見る人もいる。これまで『タイタニック』で年下のイメージのまま記憶されていたディカプリオが凛々しい大人の役として登場しているのだから、普段映画をあまり見ない人がみてもなかなか興味深いわけだ(彼らが映画の内容についていけるかどうかは別として)。

7月、六本木ヒルズにて、公開直前のジャパンプレミアが行われた。プレミアとしては、ロンドンに始まり、パリ、ロサンゼルスときて、東京が最後を飾るとあって、映画のイベントとしてはかなり華やかなものだった。蛯原友里、押切もえ、山田優、滝沢沙織ら人気モデル、女優もレッドカーペットをかっ歩。プレミアを盛り上げるために集まった日本の著名人だけでもびっくりするような顔ぶれで、それだけでも1イベントに勝るほどだ。ディカプリオは『シャッター・アイランド』のPRに続き3ヶ月ぶりの来日。ディカプリオを見ようと六本木ヒルズには1000人以上の映画ファンが詰めかけた。ファン層の幅広さといったら他の映画スターのプレミアとは比べ物にならなかっただろう。これも最も顔を知られたスターだからできたことだ。

『インセプション』は、人の夢の中に入ってアイデアを盗み出したり、潜在意識を植え付ける犯罪グループの話である。イマジネーション豊かな夢の世界を映像化したことがひとつの見どころだが、「夢だから何でもできる」とはよくいう話で、下手すれば『ラブリーボーン』の二の舞、稚拙な映画になるところを、ノーランは第一級の映画に仕立て上げた。この映画が面白いのは、夢には夢なりの法則があること。その法則にしばられる中で解決策を見出していくトリックが最大の見どころである。むしろ映像よりも入り組んだシナリオの妙味にゾクゾクさせる。『マトリックス』みたいな予告から、公開前から多くの敵を作ってしまった感があったが、そんな不安も吹き飛ばす重厚なタッチの作品。人間の脳の無限の可能性に感動を覚えるとともに、見ているうちになんだか本当に夢見心地になってくるこの不思議な感覚。それは得も知れない恐怖感さえ抱かせる。

筆者が面白いと思ったのは登場人物たちがチームワークを重視していたことである。6人でチームが結成され、それぞれがそれぞれの持ち場で限られた時間の中、作戦を進めていく様がダイナミックなカットバックでスリリングに描かれる。まったく新しいタイムリミットサスペンスになっている。

監督のクリストファー・ノーランはこれまでの作品に駄作がなく、作品が増すごとによくなっている。『インセプション』は自ら脚本も執筆しており、これは紛れもなくノーラン自信のオリジナル作家映画である。『メメント』のように構成がユニークで、『ダークナイト』のように生々しい迫力があり、それまでのノーラン映画の集大成ともいえる内容である。ノーラン映画の特徴は見るほどに面白くなること。普通なら見るほどに飽きてくるものだが、『バットマン ビギンズ』などは見るほどに新しい発見があってますます面白くなる。ノーランは常に「何度見ても面白いように作る」ことを心がけているという。『インセプション』を見るにつけ、そこに新しい宇宙を創造したこと、哲学的でどのようにも解釈できるところから、筆者は『2001年宇宙の旅』を思いだしたが、ノーランは鬼才スタンリー・キューブリックに匹敵しうる映画監督ではないかと思う。

ノーランの映画が受ける理由は生の迫力があるからだろう。CGIが主流となった今ではグリーンスクリーンの前で演技するのは当たり前になっているが、ノーランはできる限りグリーンスクリーンを使わない。本物で描けるものなら本物で描くのが彼なりのやり方だ。『ダークナイト』で実際に大きなトラックを空中で一回転させたように、『インセプション』でも本物で描くことにこだわった。日本、イギリス、フランスなど、6ヶ国をロケしたのも本物を重視しているから。無重力のシーンは、『2001年宇宙の旅』の宇宙ステーションさながらにそれ専用の巨大セットが作られ、パワフルなシーケンスになっている。

音響、編集、どこをとっても第一級の本作。『ダークナイト』がアカデミー賞の候補から漏れたとき、協会を批判する声が多かったが、その結果アカデミー賞の候補枠が今年から10作品に拡大された経緯がある。本作が果たして来年のアカデミー賞で作品賞の候補になるかどうか、見守っていきたいところだ。

インセプション』は、ワーナー・ブラザース映画の配給で現在公開中。(文・写真 澤田英繁)

以下、『インセプション』のジャパンプレミアの様子をフォトアルバムでどうぞ。

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2010/08/09 1:59

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