毒薬と老嬢 (名作一本)

1944年ワーナーブラザーズ映画
製作・脚本:フランク・キャプラ
原作:ジョゼフ・ケッセルリング
撮影:ソル・ポリト
音楽:マックス・スタイナー

出演:
ケーリー・グラント、
プリシラ・レイン、
レイモンド・マッセイ、
ピーター・ローレ、
ジャック・カーソン、
ジョゼフィン・フル、
ジーン・アダイア、
エドリード・エベレット・ホーソン


超A級のブラック・コメディ
 フランク・キャプラは僕が最も好きな映画監督です。キャプラ映画は、ストーリー、俳優の演技、キャメラのどれもが完璧だと思います。僕はまず最初にキャプラ映画で、映画の技術を学びました。もちろん今でもキャプラ映画から教えられることは多いです。
 「毒薬と老嬢」はキャプラ映画の中でも、もっとも特色のある作品です。まるで別監督の映画を見ている気分になってしまいます。

 まず第一に、本作は舞台劇の映画化作品です。キャプラ映画のほとんどが紛れもなく「映画」らしい作品であるのに対して、本作は比較的舞台劇の要素が強く、屋敷の一室だけでストーリーを進めていきます。従来のキャプラ映画にあるような、町の広がりを感じさせず、空間が閉ざされた感じです。

 第二にキャスティングです。キャプラ映画で主演をする俳優は、ジミー・スチュアートやゲーリー・クーパーといった真っ正面から正義を貫くような好青年が多いのに対して、本作では彼らとはまるで性格が違うケーリー・グラントが起用されています。グラントはジョークを言わせて右に出るものはいない役者ですが、本作は独壇場ともいえる彼のオトボケぶりが大きな見せ場になっています。ゾクッとしたときに「おぉぅ!」と叫び声をあげる演技がたまりません。とにかくこれはグラントの演技を楽しむための作品といいたくなるほど、グラントばかりを褒めたくなります。そのせいで、彼が出てこないシーンが何か物足りず、そこが唯一残念なところになってしまいました。

 もうひとつ注目すべきところは、本作が「ブラック・コメディ」ということです。健全たるコメディを撮り続けたキャプラが、今回はうってかわって悪ふざけしています。スリラー映画そのものを茶番化して見せた感じです。他のキャプラ映画にあるアメリカンドリームはそこにはありません。妙ちきりんなギャグが作品を占めています。ボリス・カーロフのそっくりさんや、おろおろしたギョロ目の医者など、強烈なキャラクターを登場させて、黒くて不気味なムードを醸し出して、同時にセリフで笑わせるあたりが、本作のおかしさなのです。
 スリラー映画の本格的なパロディ、という意味では本作は史上初になるのかもしれません。しかし後に作られた同系統のブラック・コメディと比べてみて、本作はどの作品よりもプロットがしっかりしています。パロディものにありがちな一発狙いの浮いたネタもなく、ギャグのひとつひとつが、すべて本編へと連なっています。これも監督の手腕でしょう。本作はキャプラだからできた、超A級のブラック・コメディなのです。

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