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ヒロ マスダ

ヒロ マスダ『ホテルチェルシー』製作者に密着
一本の映画ができるまで

編集部にある一通のメールが届いた。それは「インディペンデント映画を作りました。映画と私に関する取材をできないでしょうか」という内容のメールだった。ヒロ マスダが製作する『ホテルチェルシー』というスリラー映画で主演は長澤奈央。ニューヨークで撮影され、セリフのほとんどが英語の作品だった。毎日色々な会社から紹介依頼のメールが届くが、さすがに全部に目を通すのには無理がある。しかし、製作者本人から直々にメールをいただいたのはこれが初めてだったので、ここはひとつ映画を見てみようと思い、「まずはDVDを送ってください。それから考えます」と返事をしてみた。翌日すぐにDVDが送られてきたので早速見てみてみると、かなり本格的な映画になっていて、その本気度に驚かされた。長澤奈央は思わず見ているこっちが恋してしまいそうなくらいチャーミングに撮れているし、演出もかなり玄人ぽく、低予算映画ながらも「良質な映画を作ってやるぞ」という製作者の確かな心意気が画面から感じられた。

当サイトは、10年前から映画製作者を目指す映画学生の読者たちに支えられてきたサイトである。そこで映画学生向けに、1本の映画ができるまで、企画から撮影、映画が完成し、映画館で上映されるまでを、ひととおりドキュメンタリーとして記事にしたら面白いのではないか?とひらめき、実際にマスダさんに会ってみることにした。私から「ではゆっくり飲み屋で語り明かしましょう!」と誘ってみたら「あまり飲めませんが、ぜひ」と快諾してくれて、こうして私はマスダさんと2時間たっぷり愚痴も交えて語り合うことになった。マスダさんは興味深い映画製作の様々の裏話をしてくれてお陰で面白い記事ができた。この記事が映画業界人を目指す学生たちの背中をポンと後押しできれば幸いである。

1. 役者として映画界へ

−−映画を作るためには、当たり前のことだが、まずは映画の世界に入らなければならない。この第一歩が難しいところだが、色々なところに入り口はある。マスダさんが選んだのは、アメリカに行き、俳優として映画の世界に入ることだった。

マスダ「もともとは、ゆくゆくは映画を作りたいというのがあったんです。どうしても作りたい作品が1本あって、それを作るためにはどうしたらいいかと思って。例えば日本に10年いても自分の映画は作れないと思うし見てくれないと思ったので、海外に行けばいいのかなと思って。18、9のころから海外に行きたいと思ってましたが、漠然としていて、とりあえず語学は必要だと思ったから、20歳のときに語学のために1年ニュージーランドに行って、英語はある程度喋れるようになりました。もともと役者志望だったんです。最初はビジネスの関係でも安定するかと思って経営学部のマーケティング学科に入っていたのですが、これが一生やりたいことではないと思って、ダメでも一度挑戦してみようと思って演劇学科に編入しました。23のときに最初にニューヨークに行って、自分をマーケティングする上で一番入りやすかったのは役者かなと思ったのですが、右も左もわからない海外でどうやって役者を始めるかと考えていたら、たまたまいた家具屋の人が芸能関係をやっていたんです。そういう出会いがあって大きな映画にも出させてもらいました」

−−スタンド・インとして入ったセットでジョン・トラボルタに優しく話しかけられたのがその当時の一番の思い出だという。他にもユマ・サーマンの映画などエキストラとしてはかなりの本数で出ており、日本未公開の映画では名のある役も演じている。

マスダ「やっぱりハリウッドは規模が違いますね。映画のセットにしろ、やっぱりすごいなあと思います。どうでもない1分のシーンとかで2日かけて1000万円とかかけて撮ってますね。それでも採算できるシステムですから。市場が大きいし、劇場回せば稼げちゃうんで、そういう環境がいいからいい人材が生まれてくるんですね。教育から何からすべてのシステムがうまくいってるんですね。お金かけても回収できるから、それがあるからどんどん良い作品が作れるんですね」

2. 企画書から始まる映画製作

−−30歳もさしかかってきたところ、帰国しても自分で映画を作りたい夢を諦めきれなかったマスダさんに、日本の配給会社から映画製作の話が舞い込んできた。

マスダ「たまたまエースデュースという配給会社の方が海外で映画を作りたいという話を僕との間に入ったプロデューサーの方から聞いたんです。若い女性が主人公のホラー系のジャンルが欲しいということでした。そこで僕が企画書を書かせてもらったんです(企画書の写真)。そしたらとりあえず会わせてくれました」

−−映画製作は企画書から始まる。マスダさんは企画書についてこう語った。

マスダ「どんなことを売りにしてやっていきたいかを書きました。例えば、世間一般に興味を持って頂ける映画となったら他人と違うことをしなきゃいけないと思って。日本は割と大手製作、有名役者を使っていないと広がっていかなかったりするのですが、アメリカって映画産業の国で土台もしっかりできてるし、教育もしっかりしているし、若い人がどんどん作って挑戦できる場があるんですよ。この前の『パラノーマル・アクティビティ』は無名の人が自作で作ってますよね。POVホラーなんかは『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』とか前にもやってることで、特別新しいことをしてるわけではないんですけど成功しました。多分日本だったら有り得ないです。映画の良い悪いではなくて、そういう環境がないですから。無名の人が自作で作ったところで、映画館で回すことは、どんなにすごい映画でも有り得ない。そうやってインディーが挑戦していく場もないですし。そこでニューヨークで撮影して、映画祭とかで上映して日本に持ってきた方が日本のお客さんにも新鮮味があるんじゃないかと思ったんです」

3. 映画のモチーフ

−−映画を作るからには、何かしらモチーフというものがある。『ホテルチェルシー』は、タイトルからもわかるように、ホテルチェルシーが舞台になっていることが最大の売りである。ここはマスダさんは絶対に譲らなかったという。

マスダ「撮影期間8日間で作ることになったんです。この場合、8日間で感動的なドラマを作るのは無理。それなりにロケーションも移動しなければいけないし、人物も沢山必要です。じゃあそこからホテルを舞台に密室劇を作ろうと思いました。単なる密室だったらニューヨークに行く必要がないので、一番ニューヨークでインパクトがあるところといったら、チェルシーホテルが雰囲気もありますし、歴史もありますし、チェルシーホテルを舞台にして描くと決めたんです。ハリウッドがよく描くこのホテルをおさえるとかなりいけるんじゃないかと思いました」

−−チェルシーホテルは『レオン』の舞台になったホテルとしても有名。本作はこのホテルで実際に撮影した。ホテルの名前がそのままタイトルになっていることもよく考えたらすごいことではないか。

マスダ「世界的に有名なホテルなんで、撮影するとなると、それなりの値段がするんですよ。最初に言われた額が1日撮影100万円。もっと大きなプロダクションがあるんで、向こうも今更日本のインディー映画に撮ってもらう必要もないぐらいの感じだったんですけど、日本で宣伝するから、題名もこれだからと、支配人に色々無理をいいました。僕も以前ホテルで働いていた経験があったので、ちょうど1月だったんですけど、1月は人が泊まってなくてガラガラだと知っていて、そのこともあって、全然無しよりはいいでしょうと言って、あとは誠意をもって、タイトル自体も『ホテルチェルシー』という名前だし、台本も見せて、ここのホテルでなかったら映画は成り立たないんですと話して説得しました。値段は言えませんが、相当値切りましたね。これが一番お金を掛けなきゃいけないことだったのですが、この場所だけは絶対に外せなかったのです」

4. 製作費の問題

−−ホテルで撮影するのにとんでもない金額がかかることはわかった。しかし他にも製作費は色々とかかる。この点でもマスダさんは色々な苦労を経験している。

マスダ「普通の製造業と同じで、きりつめられることはきりつめてやりました。製作費がなかったら僕がやりますよと、自分でできることは全部自分でやりました。まず一人でニューヨークに飛んで、脚本を自分で書いて、自分で翻訳して、自分で交渉しました。今回は8日間の撮影ですから、またニューヨークに戻って撮り直しはできません。だから監督がイヤというくらいひとつひとつ確認させました。信用できない部分もあったんです。人に頼んで出来ませんでしたは通用しないんです。誰々のせいでしたとは言えないので、何かあったら自分がやらなきゃというのがありました。初めての作品だし、自分で売っていかなきゃいけないので」

−−自分でも映画に出資しているが、その金額は膨大な額に。

マスダ「自分でも出資しているから、みすみす損はできない。会社の方だったら自分のお金じゃないから”ああ、損しました”ですむんですけど、僕の場合はそういうわけにいかないので。製作費がない、宣伝費がない、結果映画売れませんでした、にするつもりはありません。お金がなくてもクオリティのある映像を提供する方法はあります。お金がなくても宣伝する方法はあります。また自分自身が宣伝媒体になれれば何でもしますくらいの気持ちでした。商業映画のプロデューサーにとって興行的に成功しなければ映画は失敗作ですから」

5. 脚本を自ら執筆

−−企画書の段階ではまだあらすじだけだが、マスダさんは自ら脚本も執筆し、すべてのストーリーを自分で考えた。

マスダ「脚本の勉強は多くの脚本に関する本を執筆しているシド・フィールドの本など読んでいましたが、実質的な経験は役者でもらって読んだことが大きかったです。脚本をハリウッドの脚本のフォーマットは全部決まっていて同じなので、脚本執筆用のソフトウェアもあります。今回はFINAL DRAFTというソフトを使いました。サスペンスに関してクリエイティブな面も注意しましたが、書くときに最も注意したのは”8日間で何ができるか”でした。色々な殺人現場に行きたかったんですけど、8日間でできることを書かなければけない。プロデュース面からニューヨークに実際に住んでないと書けないことだったので、どうせだったら自分で書かせてくれと引き受けたんです」(脚本の写真

6. 最新鋭デジタルカメラRED ONE

−−『ホテルチェルシー』で何よりも驚かされるのは映像である。ここにもこだわりがあった。

RED ONEで撮った映像

マスダ「予算がなければ全部手持ちカメラで撮ろうかとなったんですけど、せっかく撮るんだったらもっとしっかりした方がいいと思って、RED ONEというデジタルカメラで撮りました。今まで実質1000万円~2000万円はしたカメラを安く出した会社のカメラなんです。実際ハリウッドでも『ジャンパー』とか『ノウイング』とかもこれで撮っているので土俵が同じになるんです。照明のレベルの違いはありますが、インディーレベルの明かな壁を越えられると思ったんですよ。ここからさげるとVシネですよ。もったいないですから。映画はお金を払って見に来ている以上、そういうところにお金をかけないといけないと思いまして、今回はポストプロダクションと映像とロケーションについては妥協してはいけないと思いました。35ミリフィルムには勝てないですけど、それに近いレンズで奥行きも出ますし。良いカメラは良い技術も人手も必要なんで、カメラのセッティングに時間がかかって撮れないとなったら元も子もないので、最悪の場合は『クローバーフィールド』みたいに普通のビデオカメラで撮ろうとも思ってましたが、クルーが”できる”といったので、それを信じてRED ONEでいくことになりました」

−−ちなみに、この機材のレンタル料でサラリーマンの1・2ヶ月分の給料が飛ぶ。

7. 自分の役者経験も生かしたキャスティング

−−映画は役者なしには撮れない。『ホテルチェルシー』には外国人キャストが出演する。マスダさんは以前役者をしていたことで、その経験が生かされている。

マスダ「キャスティングも300人以上集まりました(といって役者たちの写真とプロフィールの束をテーブルに置く)。やっぱりニューヨークには俳優を目指している人がいっぱいいるんですよ。以前僕も逆の立場だったので、どういうところに告知すればどのくらい集まるかはわかっていたので、オーディションしてビデオを監督に撮ってもらいました。売り込みの写真ではいい顔してるのに、実際会ってみたら写真と全然違う人が多かったですけどね」

−−マスダさんは俳優組合の会員でもあり、会員証を見せてくれた。

スクリーンアクターズギルド

マスダ「アメリカは俳優組合に入っている人と俳優組合に入ってない人がいるんです。俳優組合に入っていると色々な規制があって、ハリウッドスターと同じで何時間拘束したらいくら払わなくちゃいけないとかあるんで、ニューヨークで組合に入っていない人を募集しました。俳優組合に入ってない役者さんでないとこの予算では作れません。日本みたいにプロダクション会社にいくら払ってお願いしますじゃなくて、アメリカだと照明さんでも音声さんでも1人1人の契約がいるんで、1人1人の契約書を全員分自分で作りました。今回は払いきりです。俳優組合だとDVDが出たらいくらとかあるんですけど、今回は払いきりで肖像を自由に使っていいですよということでやってもらいました。実際は払わなくても同じくらい役者が集まったと思います。僕も組合に入ってなかったころは最初は全部ギャラ無しで出ていましたから」

8. 主演女優・長澤奈央

−−長澤奈央は、この作品の演技を評価されてマートルビーチ国際映画祭で最優秀主演女優賞を受賞した。

主演の長澤奈央。右にいるのは共演のヒロ マスダ。

マスダ「長澤さんの作品に向かう姿勢と態度は本当に素晴らしかったです。僕はアメリカ側に”この日数で撮りきらないと絶対ダメだから絶対撮れ”とすごくプッシュしてたんですが、日本側のせいで遅れた場合、例えば主演女優さんが英語の台詞の準備ができてなかったりしたら何も言えなくなるので。しかし、そんな心配も初日で払拭されました。ニューヨークと日本の時差は14時間、僕自身ニューヨークに来た最初の数日はいつも大変な思いをしています。でも到着翌日で時差だらけの撮影にもかからわず、長澤さんから"眠い"の一言は一切聞きませんでした。また、冬のニューヨークは本当に寒くて、外の撮影時の気温はマイナス15℃くらいです。演技する以前の極寒な環境でも、素晴らしい演技でやりとげてもらいました。やっぱり日本の女優はすごいなと。また撮影中、監督等とのやり取りでぴりぴりするなか長澤さんの存在でなごんだ時も多々ありましたので、かえってこっちが助けられた面がありました。おそらく僕だけでなく、今回の映画に関わったキャスト、クルー全てが同じ事を口にすると思います。全員に好かれていました。また、長澤さんは撮影前に英会話を習って撮影に入っていて、撮影中では監督やクルーと英語で普通に会話するくらいになってました。あと、脚本家としては主人公のエミのキャラクターがイメージ通りの映像になったのを見た時は嬉しかったですね」

9. メキシコ人の監督と日本のプロデューサー

−−国際色豊かな本作は、メキシコ人のホルヘ・バルデス・イガが監督を担当している。

マスダ「監督は3人くらい候補がいたんですけど、過去の作品を見て選びました。起用した別の理由は国際色を出したい面もありました。日本を題材にしたハリウッド映画が日本で売りやすいのと同じで、アメリカ人キャストの他にメキシコ監督を起用することでメキシコのマーケットも狙えるかなと」

−−監督とプロデューサーの立場的な違いについても話題が及んだ。

マスダ「日本だと監督にお任せしますとなるけど、資本を回収するという責務はすべてプロデューサーにあります。例えば、出資回収に支障がでると判断する場合には、監督をやめさせるのもプロデューサーの役目です。日本なら問題になるかもしれませんが、会社で言う雇用主はプロデューサーで、監督は雇われてるいわば従業員です。監督のクリエイブな面を尊重しつつ、プロデューサーが権限持ってリーダーシップをとっていかないとといけないです。向こうで映画プロデューサーと名乗る人は本当に全部知っています。現場も知ってなきゃいけないし、法律も知ってなきゃいけないし、新しい技術も知ってなきゃいけない。プロデューサー中には弁護士もいます。とにかくプロダクションへの利益を求める立場に立つ人間は映画に関するいろいろな知識が必要になります」

−−もともと監督志望のマスダさん。自分で監督しなかったことには理由がある。

マスダ「やりたいのはあるんですけど、それこそプロデューサーの立場からはノーですね。宣伝材料にならないですし。”ニューヨークから帰ってきたこの人が初めて監督しました”といっても誰も客が来ないですから。でも、どうしても作りたい映画が1本あるんで、それはできれば全部自分で脚本を書いて監督して作りたいです。でもそのためにはやっぱり人のお金ではできないんで。自分の経験を元にした感動的な人間ドラマを作りたいんですけど、今回の作品で業界の方が気に入ってくれる人がいたら、ゆくゆくは自分の夢をかなえたいです」

10. ロケハン、撮影、ポスプロまで

−−ニューヨークで撮影をするときは、市から道路を使用する許可をとらなければならい。マスダさんはニューヨーク市から発行された道路の使用許可証(写真)を見せてくれた。これも自分で許可を取りに行ったマスダさん。ニューヨーク市は映画に対してとても協力的な街だという。

−−撮影に使う「コールシート」(写真)と呼ばれるスケジュール表も見せてくれた。「今日このシーンを撮ります」、「誰々が何時に来ます」ということが一目でわかるようになっている。コール時間のところに「オンコール」と書かれてある人は「いつでも来られるように」という意味。プロデューサーと監督は常に「オンコール」の状態である。

−−撮影が終わったら、ポストプロダクションへ。グラフィックの加工、ミキシングなどはメキシコで行われた。

『ホテルチェルシー』ポスプロ。メキシコにて

11. 宣伝するにもお金がかかる

−−映画ができたら、宣伝していかなければならない。マスダさんはいくつもの海外の映画祭に本作を出品して宣伝した。

マスダ「低予算のインディー系がクオリティの高い映像の提供が可能となったのと同じで、インディ映画の宣伝を取り巻く環境もここ数年で大きく変わりました。YouTubeもSNSも大きな利点です。『パラノーマル』もいわばネット社会の"口コミ"から始まったので、自身で宣伝できるという意味では映画製作の環境は大きく進歩しました。必ずしも数億円かけて宣伝しなくても、成功をつかむチャンスは大きく広がっています。インターネット以外では映画祭ですね。例えば誰も知らない名もない映画をいきなり店頭においても映画は売れません。知ってもらう必要がありますし、付加価値で何をつけるか。企画の時点で映画祭に出すと決めてはいました。オーソドックスかも知れませんが、インディペンデント映画マーケティングの原点は映画祭ですし、日本で売ることにおいては海外から凱旋ということになれば話題になるかなと思って海外の売り込みを先にやりました。映画祭には30・40出しました。映画祭に出品するのにもお金がかかって、カンヌとか大きいのになるとそれなりにかかりますが、インディーレベルだとお金がかからないものもあります。僕の中では、"できませんでした"、"売れませんでした"は有り得ないんです。先ほどもいいましたが、商業映画というと出資が採算にあわなかったら失敗なんですよ。僕も出資しているのにで、回収できませんでしたとみすみす泣くわけにはいかない。できることは全部やっていくしかないんで、海外映画祭がどのくらいマーケティングにきくんだろうと、全部自分でやりました。最初ドイツで決まって、そのあとニューヨークで決まって、その後三つ目の映画祭で賞もらって。いろいろ宣伝材料が集まってくると向こうも受けやすくなるんで。いろいろ手紙書いたりディレクターの方に話したり、それもひとつの出会いですね。半分以上無視されるんですけど、返信していただいた方もいて、やっぱり女優さんで賞をとったことが一番の宣伝材料でした。映画の顔で何よりの看板は主演女優さんなので」

12. そして公開へ

−−かくして『ホテルチェルシー』は日本公開が実現する。果たして製作費は回収できるのだろうか。

マスダ「昨今の映画不況の中、正直難しいと思います。このままレイトショーだけいってDVDに回しても製作費の回収は難しいと思います。今、インデペンデント系の配給会社がつぶれています。アカデミー賞映画を配給してもつぶれるんです。これには、とにかくお客さんが映画館に来てださいと訴えるしかありません。テレビドラマから派生する映画が悪いわけじゃないんですけど、どうしてもテレビドラマの延長ですとか、それに頼らざるをえない状況になってるんです。映画を見る文化のあるアメリカでは、映画はそんなに高くないですし、週末は満席になります。日本では映画に行くとなると一大イベントじゃないですか。でもやっぱり映画は映画館でみて頂きたいですね。正直、今回1週間のレイトショー公開は興行的には難しいと予想されます。でも劇場公開しておかないとDVDも回らないんで。最近はレンタル店でも劇場で公開していないとDVDは置いてもらえなくなってるんで。二次利用、三次利用や海外市場への販売などでようやく回収、利益が出てくるのかと思います。そう考えるとやはり映画産業自体が厳しいんです。映画作るのも厳しいです。しかしインディー系映画を作っていく環境がなくなることは、若手の映画監督、脚本家、俳優が活動でいる場も減ります。ですので『ホテルチェルシー』でインデペンデント系でも興行的に成り立つんだという結果になって欲しいですね。今回は多額の出資していただいたエースデュースさんには本当に感謝しているので、どうしても損はさせたくないです」


低予算映画とはいえ、物凄い数の人が動き、膨大な金額が動いている。1本の映画を作ることは本当に大変なことだと改めて思い知らされる。これだけじっくり話を聞いて、私もこの映画に対して何だか妙に愛着を覚えるようになった。作品の成功を祈りたい。『ホテルチェルシー』は、5月8日より、渋谷シアターTSUTAYAにてレイトショー公開される。(2010/5/5 澤田英繁)