『パラダイス・キス』ハリウッド外資系で日本映画を作る
6月13日(月)秋葉原。デジタルハリウッド大学にて、『パラダイス・キス』の松橋真三プロデューサー(以下、松橋P)を講師に招いての公開授業が行われた。
『パラダイス・キス』は公開1週目に競合『もしドラ』(東宝)を押さえて日本映画ランキングの堂々1位をマーク。続く2週目も1週目から数字を落としておらず、ファミリー向けの『ゴーカイジャー』(東映)に迫る日本映画2位という好成績をキープした。
日本映画は「テレビ局と東宝がタッグを組んだものしかヒットしない」と叫ばれている昨今で、『パラダイス・キス』は外資系のワーナー・ブラザース映画の製作。テレビ局がからんでないのにも関わらず、これだけの好成績をあげている。いかにしてこの映画がこれほどの成功を勝ち得たのか、松橋Pがじっくりと生徒たちに話してくれた。
日本映画になかったジャンルを開拓
松橋Pは、『パラダイス・キス』を製作するにあたり、これまでの日本映画になかった様々な新しい試みに挑んでいる。製作のきっかけは、日本映画にないジャンルの映画を作ることだった。ハリウッドには『キューティー・ブロンド』のような、キラキラと光り輝く映画がたくさんあるのに日本映画にはない。松橋Pはこれをジャケットの色にかけて「ピンク&ゴールド映画」と名付け、日本映画でこれのエポックメイキングとなることを目指したようだ。
矢沢あいの『パラダイス・キス』を原作とすることで企画を進め、原作者に映画化のオファーを出したのは今から3年前の2008年冬だった。このときは松橋Pを含めて同時に3社の申し出があったという。
「3社でコンペをすることになりまして、企画書を提出して、プレゼンをして、3社が2社になり2社が1社になって獲得しました。我々が選ばれた理由は、すごく具体的な企画書を出したからだと思います。プロットも今の映画版のラストまで書いているものを提出しましたし、プランニングとして、衣装はこういうことを考えている、神戸コレクションとのタイアップ、色々なブランドを入れて新しい服を作るとか、具体的な話をしたことが大きいポイントでした。また、5巻もある中身で、それを映画の中にまとめるという上で、大事にしたいエッセンスはこれだというのを話したのが良かったんじゃないでしょうか。企画書の表紙に映画の予告編にも使われている”自分の可能性を信じなきゃ、なにも始まらないよ”という1行をいれました」
ハリウッド方式の映画製作
前述したように、この映画は日本の映画会社ではなく、ハリウッドから来たワーナー・ブラザース映画の作品である。このように米メジャースタジオが日本映画を作る動きが近年広まってきている。『パラダイス・キス』では、日本の映画会社が製作した場合にはまずやることのない”ある手法”を活用したことが功を奏した。
「映画の製作資金を出しているのはワーナー・ブラザース、ハリウッドのメジャー映画の外資企業です。ローカルプロダクションといって、その地域で勝負できる映画を作る取り組みをワーナー・ブラザースが始めています。要は日本で勝負できる日本映画を作ること。その一本が『パラダイス・キス』なんですね。ワーナー・ブラザースにはハリウッドのノウハウというのがいっぱい蓄積されていて、そこに”リクルーテッド試写”というのがあります。映画を作った後に、一般人何百人に見せるんです。そこでこの映画どうでしたか?というアンケートをとり、各世代、性別に分けて、細部に渡る調査をするんです」
『パラダイス・キス』は一旦作り終えたあと、一回目に行ったリクルーテッド試写の時点から評価がかなり高かったという。一方で、アンケート結果を見てから修正すべきところにも気づかされたという。
「ひとつわかったこと。この漫画が10年前の原作なので、作品のターゲットのメインというのは、25歳から30歳くらいだと思っていました。ところが、15歳から23歳がものすごく高く振れたんですね。とくに女性は100%に近い人が素晴らしいという評価を出してくれました。これが後に宣伝する上でどこの層に向けて発信するかに関わってきたんです。原作ファンを劇場に呼び込もうというわけではなくて、原作を読んでないかもしれないんだけど10代の女の子たちを劇場に呼ぶ方がうまくいくんじゃないかと」
完成後に思い切ってカットしたシーン
松橋Pは、リクルーテッド試写で、映画を見た人にクライマックスはどこかと聞いたところ、波状のグラフになったことを受け、改善に悩んだ。本当はエンディングに向かって右上がりになることを狙っていたのだが、原因は何だったのだろうか。
「ラストを盛り上げるために一生懸命考えまして、実はカットして編集をし直した部分があるんです。ファッションショーが終わって、紫と徳森君がキスをするシーンがあったんですよ。物語に起伏があって、映画をよく見慣れている玄人には”感情のブレがよく描かれていて良かった”という意見があったんですけど、”紫はそんな簡単にキスしていいのか?”みたいな、映画の筋と関係のないところで評判が悪かったりしたんです。男二人二股をかけるように見えるとか、そういう風に思われちゃうんだなというところがあって、そこを無くして、神戸コレクションのところにナレーションを入れたんですね。そこで改めて紫からジョージに対する気持ちを表現してラストの盛り上がりを強くしようという方針にしました。直して再度試写をしたところ、25歳から30歳の女性たちもそこには納得してくれたんです。作り直してさらに評価が高くなりました。映画ランキングでは今週も先週の数字を維持したままヒットしています。やっぱりワーナー・ブラザースのやり方で、口コミできるかどうか調査を大事にした成果だと思っています」
松橋Pは、Yahoo!レビューのように匿名性の強いものよりも、Facebook、mixiなど実名を出している人の口コミの方が本作の評価が高いという。映画は面白ければ口コミでおのずと当たるということを、興行ランキングの結果が証明している。
やるからには面白いことに挑戦を
「企画をするたびに、何か面白いことをやりたいなと思います。そこで、紫が成長して、3年後有名になって、グリコのパリッテのCMに出て渋谷のビジョンに映ることを考えて、それを実際に放送してくれとお願いをして実を結んだことが一番大きかったです。(CMをプロジェクターで見せる)これは北川景子ではなく早坂紫なんです」
北川景子ではなく早坂紫という登場人物として、映画の外で活躍させるアイデアは実にユニークで、実際に神戸コレクションでも北川景子が早坂紫としてステージに立った。アメーバピグによる仮想空間でも早坂紫としてチャットしたのは新しい試みで、これはアメーバピグ史上2位の89000人という記録的参加数を打ち出した。誰もやらないことをして日本映画を変えていく。そんな意欲に満ちあふれている松橋Pは、プロデューサーの仕事を次のようにまとめている。
「映画って大きい配給網に乗せないと勝負できない時代になって来てるんですね。20年前は単館拡大公開といって、我々が低予算で作ったものをこつこつと長い時間をかけて回収していくビジネスモデルがあったんですけど、今はもうシネコンじゃないですか。シネコンはだいたい10スクリーンくらいなので、つまりベスト10に入ってないと上映されないということです。ヒットするものはよりヒットし、ヒットできないものはまったく誰も見ないという二極化現象が起こるんです。製作費がないものはまったくない、かけられるものは3億以上みたいな分け方になる。映画としてビジネスになるのは3億以上の方で、そういうパッケージを我々は一生懸命考えるわけです。こういうキャストで、この人が監督で、そういう交渉をしながら予算を確保し、大きい配給網でかけてもらって宣伝をする。今の映画ビジネスとしてはそれが基本的な例だと思います。映画を商品として作り上げていくのがプロデューサーの仕事です」
今、日本映画の実力が問われている
松橋Pは、日本映画の今について強い使命も感じているようで、授業の最後にはこう語っていた。
「日本は世界の中でも原作の宝庫だと思う漫画や小説がいっぱいある国は多分なくて、ハリウッドも注目していると思う。それを生かせていないことは私は逆に悔しく思う。日本ってこんなにいっぱいあるのに映像事業にすることはなかなか難しいような気がしていて、日本で何ができるのかを世界から問われていると思った方がいい。『イタズラなKiss』、『花より男子』が韓国や台湾で映像化されて、なんだそっちの方が面白いじゃないかというのはとっても悔しいことですよね。世界に映像を配信していく時代は始まっていて、日本はその実力を問われています。英語ではなくて日本語でやらなければならないというハンデを背負いながら、世界の中で勝負をしていかないという観点に立ったときに、もっと広い視野で色んなことをやっていかねばならないと私は思っています」
なお、この授業には、同作の監督であり、デジハリの教員でもある新城毅彦監督も出席した。新城監督は「東京は切り取り方次第ではかっこよくみえるんですけど、ただ見せると薄っぺらくなる。ずっと前から日本映画は向こうの映画と比べて映像が暗いなと思ってたんですよ。ただ明るくすればいいものではなく、明るい中で陰影をつけるのは難しいし、そこで、映像のトーンにこだわって、どういう華がある絵にしようかと考えるのに苦労しました」と映像へのこだわりを語っていた。(澤田英繁)
2011/06/17 2:39