熊出没注意。70歳、浅丘ルリ子の怪演怪作『デンデラ』
6月6日(月)、有楽町にて浅丘ルリ子(70)主演作『デンデラ』の完成披露試写会が行われた。タイトルのこの響きからして何やら怪しげな空気を感じずにはいられない。これは姥捨山の後日譚ともいえる作品である。
姥捨山とは、70歳を過ぎた老婆を山に捨てるという日本に古くから伝わる寓話である。テレビコントなどでも題材にされることが多く、今村昌平監督はこれを『楢山節考』というタイトルで映画化しており、もはや日本人なら誰もが知っている話だと思う。『デンデラ』は、この寓話のその後を空想したもので、捨てられた老婆たちのサバイバルな日々を描いている。タイトルの『デンデラ』とは老婆たちが築き上げたコミュニティの名前を指している。
しかし怖い映画を作ったものである。この映画には、若くて美人のネエチャンも、頼もしいイケメンのニイチャンも出てこない。出てくるのは、ドブネズミのように汚い50人のバアチャンだけだ。バアチャンたちが、ただ自分を捨てた村に復讐することだけを一心に毎日臭い飯を食って生き抜く様が見ていて異様なまでにおどろおどろしい。予告では「生への渇望」という表現が使われていたが、生きることに対する執着は鬼気迫るものがあり、見終わってもこれが心にズシリと残って離れない。
見ものは巨大な熊(製作費1000万円)と老婆たちの壮絶なバトルである。この熊がバケモンといっていいくらい不死身で、何か西洋神話の魔物よろしく、夜な夜なコミュニティに出没し、一人また一人と老婆たちをひねりつぶしていく。果たして書いていいのか、これは紛れもなくホラー映画と称するレベルで、飛び散る血しぶきの量はまったく半端じゃない。この恐ろしい魔物と対峙する浅丘ルリ子の存在感は圧巻だ。
浅丘ルリ子の他には、倍賞美津子(64)、山本陽子(69)、草笛光子(77)と、すごい顔ぶれが集まった。いわゆるお婆さん役の定番的な役者を起用せずに、若い頃に美人女優として名を馳せ、現在まで現役でやってきているベテランたちを敢えて起用しているところが味噌である。役者には定年がないのだと改めて実感。『寅さん』好きの筆者は浅丘ルリ子の大ファンだが、この役にぴったりだと思う。70歳にもなって、スリリングなアクション・シーンもこなしているし、この年になっても堂々と主役を張り、怪演ともいえる新しい芝居に挑戦していることはとても素晴らしいことだ。叫びながら全速力で走るシーンを見て筆者はますます浅丘ルリ子が好きになった。
メガホンを取ったのは天願大介監督(51)。前述した今村昌平監督の息子である。父の代表作を土台にして、それを根本からぶっ壊すほどやりたい放題作ってあるところが何とも潔く、それは若さともいえる。筆者は半世紀前のヨーロッパの若手監督の映画を見ているような気分だった。
この映画は、実際に真冬に山奥で撮影しているという。浅丘ルリ子は「地元の人にこんなところで撮影するなんてバカじゃないのかと言われたけど、撮ってよかったです」と語っていた。映画ならば雪なんていくらでもカムフラージュできそうなのに、そこを敢えてあんな寒い場所で実際に撮ったことに活動屋の心意気を感じる。浅丘ルリ子は「みんなが暖かくしてくれたので、寒いと思ったことはなかったです」と言っていたけれども、そうは言っても撮影で使ったカイロの数は延べ2万5000個というから驚く。
山本陽子は「これが人生で最初の舞台挨拶です」と話していたが、確かにこれだけの顔が舞台挨拶に立つのは非常に珍しいことである。映画市場が高齢者向けの映画を求めなくなったと言うけれど、そこに鑑賞料1000円均一で挑んだ本作は、その意味でも怖いもの知らずな、相当アナーキーな怪作といえる。
『デンデラ』は、東映配給で、6月25日(土)より全国ロードショー。(文・澤田英繁)
2011/06/09 1:49