原恵一「年中スランプみたいなものだから」
『クレヨンしんちゃん』の映画『モーレツ!オトナ帝国の逆襲』は、ギャグ満載でいっぱい笑わせてくれながらも、思わず大人が見ても涙する感動作として、あまり普段テレビアニメを見ないおかたい映画評論家がこぞって絶賛。『クレヨンしんちゃん』という馴染みのあるタイトルにして様々なメディアで五つ星評価を獲得した。「子供向けギャグアニメなのに感動作」というこの意外性が一気にネットでも話題になったものだが、この作品を手がけたのが原恵一監督その人である。原監督は、すでに用意されたキャラクターと世界の中で、描き方次第ではどんなものでも名作を作れることを証明した。
11月25日(木)秋葉原、デジタルハリウッド大学にて、原恵一監督を迎えて公開講座が行われた。原監督がアニメの学校を出て、『クレヨンしんちゃん』の制作会社シンエイ動画に入社していかにして監督となり、新作『カラフル』を作り上げるまでに至ったか、たっぷりと90分語られた。デジタルハリウッド大学ではアニメーターになるための教育も行っており、原監督を尊敬してやまない生徒たちは真剣に話を聞いて積極的に質問をしていた。
原監督はアニメの勉強をしていたころ、アニメよりもむしろ実写映画に興味があったという。まわりの友人たちはみんなアニメを見ていたのに、原監督は一人だけ名画座で古いハリウッド映画や日本映画を見て興奮していたという。「その時期に映画をいっぱい見たことが、今自分にとって役に立っています。名画座をハシゴしましたが、木下恵介監督の作品は全作品に衝撃を受けました。それから60年代のアメリカ映画もすごかった。『イージー・ライダー』とかニュー・シネマという反社会を描いた作品に影響を受けました」と監督。なお、影響を受けたアニメのタイトルをあげるように求められても「東映の古い映画」とだけ言って具体的な作品名は一本もあげていない。影響はほとんど実写から受けているようだ。
もともと原監督は会社員としてシンエイ動画に入ったので、最初は一番下っ端の”制作進行”という名の雑用からスタートした。原監督はこのときから演出を志望していたといい、積極的に「演出がやりたい」と言ってアピールして、他の演出の仕事ぶりを見て学んでいったという。そして入社してたったの1年半で演出を任されることになった。「僕は他の人と違うことがやりたかったんです。だからすごく実験的なこともやってひんしゅくを買ったりしました。今思えば恥ずかしいこともしてますね。でも当時は全然反省してませんでした」と当時はかなりのハリキリボーイだったようだ。
原監督も天性のスーパーマンというわけじゃない。人並の悩みはある。「僕はアニメが得意とする部分をあまり使わずに、全部実写でも作れるアングルで撮りました。時々アニメぽいことをしようと思っても我慢我慢とおさえてました。時々我に返って、この映画、本当に見てもらえるのかなと不安に思うことがあります。アニメのイメージといったら、もっとキャラの目が大きかったり、その方がイメージしやすいと思いますが、『カラフル』はこれはこれでアニメなのだと自分で納得することで安心していました」と話してくれた。
原監督は、これまで仕事をしてきて「人のせいにしないことが大事。あいつのせいでダメになったと言っちゃダメ。逆にそれを利用するのも手です。嫌だと思っても受け入れて見たら自分でも気付かないところがあって、役に立つことがあるんです」とも言う。「絶対的な信条はないですが、それなりに長くやっていると、熱いだけじゃダメだとわかりました。意欲だけでも映画は作れるけど、それだけでは独りよがりになって面白くない。熱いものと冷たいものの両方なければダメです。冷たいものとは冷静に客観的に見る視点のこと。バランスともいうかな。熱いものと冷たいものもののバランスが大事です。それも綱を渡るような危ういバランスです。簡単に綱渡りできたらつまらない。この危うさが映画を面白くするんです」というのが原監督の持論である。
原監督は絵コンテを全部自分で書く監督だが、ある生徒から「僕は絵コンテが書けなくて、この前がんばって書いた絵コンテを先生に見せたらつまらないと言われたんです。どうすればうまく書けるんですか?」と質問があった。原監督はニッコリ笑って「僕も年中スランプみたいなものだから。でも気がのらないから書けないとは言っちゃいけない。それが仕事だからやるんです。これじゃ人に見せられないと思っても、自分の中ではそれが精一杯なので、締め切りまでに恥ずかしいと思ってもやるしかない。自分が不本意と思っても完成させることが大事。やっていくことが大事です。自分で答えを出すしかないんです。ずっと保留にすることはできない。監督の仕事は選択することです」と答えた。原監督のこの謙虚な言葉に生徒たちも大いに勇気をもらったようだった。
ちなみに、将来的に実写映画を作るかどうかについては「興味はありますが、具体的な話が何もないですし、作れるということがあっても、自信はないですけど」というのがこの日の返答だった。新作についてもまだ何も考えていないとのことだが、アニメ界では5本の指に入る巨匠のひとりと言われているだけに、早く新作が見たいところである。(文・澤田英繁)
2010/11/27 20:56