第33回日本アカデミー賞は『劔岳 点の記』が最多6部門で受賞。作品賞は『沈まぬ太陽』に。

第33回日本アカデミー賞最優秀賞受賞者

3月5日(金)、品川のグランドプリンスホテル高輪にて、第33回、日本アカデミー賞授賞式が開催された。最優秀作品賞は『沈まぬ太陽』が逆転受賞。『劔岳 点の記』は最優秀作品賞こそ逃したが、最多6部門で最優秀賞を受賞する圧倒的な強さで授賞式を盛り上げた。編集部記者がその一部始終を取材した。ここでは日本アカデミー賞授賞式を担当記者の視点から、時間軸に沿ってたっぷりとレポートさせていただく。

映画ファンには、日本アカデミー賞というと、本場アメリカのアカデミー賞に比べるとずいぶんと地味で小さな賞だと軽視されがちである。かくいう私自身もかつてはそうだった。しかし今回初めて授賞式を生で見て、その考えを改めざるを得なくなった。去年の話題をさらった映画人たちが一堂に会する会場の華やかさ。誰が勝者となるか、その緊張感には圧倒された。そして何より勝者となった映画人が、目に涙を浮かべながら、仲間たちに感謝の気持ちを込めてぎゅっと握手する姿を間近で見て、私も思わず目頭が熱くなった。日本の映画人にとっては、この賞で最優秀賞に選ばれることは最高の栄誉なのだとひしひしと実感した。テレビ放送では半分近くがカットされていたので、この記事でテレビでは伝え切れなかった部分が伝われば幸いである。

第33回アカデミー賞の優秀賞受賞作品ラインナップは以下の通り。この内の1本だけが栄えある「最優秀作品賞」となる。

・『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』
・『沈まぬ太陽』
・『ゼロの焦点』
・『劔岳 点の記』
・『ディア・ドクター』

日本アカデミー賞以前に前哨戦といえる賞がいくつか開催されているが、その結果を見てみると、受賞作品が各賞バラバラに分かれていて、日本アカデミー賞はどれが取るのか全くの未知数であった。下馬評では『沈まぬ太陽』か『ディア・ドクター』のどちらかだろうと言われていたが、大作という意味では『沈まぬ太陽』が有利で、批評家受けが良かったのは『ディア・ドクター』だった。この年はいつも以上に予想が難しかったのではないだろうか。

ちなみに私が選ぶ2009年の邦画マイ・ベストは『劔岳 点の記』。まだ他の映画賞で賞を取っていない作品なので、せめて日本アカデミー賞だけでも『劔岳』が取って欲しいと内心応援していた。何かひとつでも応援している映画があると、授賞式のドキドキもまた違ってくるものだ。

脚本賞

まず最初に発表されたのは最優秀脚本賞。作品賞と全く同じラインナップの中で勝者に輝いたのは『ディア・ドクター』だった。監督の西川美和が脚本を執筆。小説を映画化するという構図が大半を占める現代の日本の映画シーンにおいて、『ディア・ドクター』は映画のオリジナル脚本ということで、何より納得できる結果であった。この段階から『ディア・ドクター』が最優秀作品賞に選ばれるのではないかという兆しが見えて来た。

撮影賞

最優秀撮影賞は『劔岳』が受賞。これも大方の予想を裏切らない結果。もともと木村大作監督は日本アカデミー賞では常連のベテラン・カメラマンなので順当な選出である。ステージにあがるなり「これが取れなかったら帰ってるよ」とマイクなしで怒鳴っていた。いつもスピーチが長い木村は「僕はここに来るのは21回目。今回4度目の受賞です。いつも思うんですけど、ここはしーんとしてるんですよね。お祭りなんだから皆もっとパーっとしようよ! 本当はね、僕はこの賞だけでは満足できません! この後、浅野君に主演賞を取ってもらいたいし作品賞も取って帰りたいんだよ! 鶴瓶さん、ごめんなさいね。主演男優賞は浅野君が取るから! 渡辺さんもごめんなさいね。主演男優賞は浅野君ともう決まってるから!」と馬鹿でかい声で勝利宣告し、渡辺謙はテーブル席で大笑いしていた。

音楽賞

最優秀音楽賞は『劔岳』が受賞。意外である。これは誰しも『劔岳』以外が取ることを予想していた。というのも、他の映画はオリジナル楽曲であることに対し、『劔岳』だけは既存のバロック音楽のアレンジだった。受賞者の池辺晋一郎は日本アカデミー賞の常連ではあるが、「普段は作曲をしていますが、今回は編曲だけでこの賞をいただきました。映画における音楽の仕事が認められたことですので、今回はいつも以上に格別の喜びを感じています」とスピーチしている。この結果からも、ひょっとしたら作品賞も『劔岳』が取るのではないか?とそんな流れを予感させたものだ。

外国作品賞

最優秀外国作品賞のプレゼンターを務めるワーナー・ブラザース映画のウィリアム・アイアトンは「ワーナーが3年連続でこの賞を取っていまして、”ワーナー、いい加減にしろよ”と言われたので、今年は他社に譲りたいと思います」とコメント。しかし、封を開けてみると、そこに書かれていたのはワーナーの『グラン・トリノ』。これには関係者も失笑していた。クリント・イーストウッド監督はこの5年間で最優秀賞を4本受賞する快挙である。イーストウッドは式には出席していないが、本人から届いた「心よりお礼申し上げます」というお礼の手紙が読み上げられた。

アニメーション作品賞

最優秀アニメーション作品賞は『サマーウォーズ』。この部門が新設されたとき、それを制したのは細田守監督であったが、この年も勝利の女神は細田に微笑んだことになる。細田監督は神木隆之介をステージに連れ出し、トロフィーを神木に手渡し、その栄光を二人で分かち合っていた。

会長功労賞

会長功労賞は長年『釣りバカ日誌』シリーズで国民に笑いと感動を与えた三國連太郎と西田敏行に贈られた。二人はレッドカーペットで誰よりも大きな拍手と歓声に迎えられた。西田は感慨深げに「本当は僕もコンペティションの方でステージに立ちたかったけど、やっぱりタイトルは大事で、『釣りバカ』といったらタイトルがあまり作品賞という感じにならないんですよね(会場笑)。まあ『おっぱいバレー』もそうだけど(会場大爆笑)。功労賞というと、もう引退みたいに思われがちですが、まだまだ現役なので、これからも役を下さい!」と会場の笑いを大いに誘っていた。意外にも『火天の城』に言及しなかった。

助演女優賞

最優秀助演女優賞は『ディア・ドクター』の余貴美子が受賞。関根勤とダブル司会を務めていた木村多江も『ゼロの焦点』で賞レースに参戦していたが、去年『おくりびと』でも同賞を受賞していた余が2年連続で受賞することになった。日本アカデミー賞では、前年の最優秀賞受賞者がプレゼンターを務めることになっているため、プレゼンターとして立った余は、封を開けて自分の名前を見て思わず笑みがこぼれた。「授賞者」が「受賞者」となった大変珍しいケースである。

助演男優賞

最優秀助演男優賞は『劔岳』の香川照之が受賞。名前を呼ばれた香川はテーブル席で浅野忠信と木村大作監督の手をぎゅっと握りしめて深々とお辞儀すると、ゆっくりとステージにあがり、プレゼンターの山崎努からトロフィーを受け取った。「私の尊敬する山崎努さんからこのような素晴らしい賞をいただき、大変光栄です。スタッフの皆が35mmフィルムと、重たい機材を担いで山を登っていく姿を思い出しました。この映画の出演が決まったとき、西田敏行さんから”お金をかける映画は沢山あるけど、命をかける映画は少ないよね”というエールをいただきました。これは苦行ではないと自分やみんなに言い聞かせながら頑張りました。過酷な撮影の中、リーダーとしてとても頼もしかった浅野忠信さんを私は心から尊敬しています。木村監督は”たとえ客が一人も来なくても僕はやるんだ!”といっていました。この困難な映画を最後まで作り上げた木村監督に心からの感謝を捧げます」と目に涙を浮かべ、声を震わせながらスピーチし、客席から温かい拍手を贈られていた。それはまさにこの式のハイライトといえる瞬間であった。

主演女優賞

最優秀主演女優賞は大方の予想を裏切ることなく『ヴィヨンの妻』の松たか子が受賞。プレゼンターは司会の木村多江(前年『ぐるりのこと。』で主演女優賞を受賞)が務め、「私たちもこの封を開けるまで誰が選ばれるかわかりません」と言って発表した。松は「いただきました!」と言ってトロフィーを掲げた。外国人初受賞のチャンスを逃した『空気人形』のペ・ドゥナは、共演したい日本の俳優は誰かと聞かれて「かがわてるゆきさん」と答え、頬を真っ赤にして顔を手で覆い隠す乙女な一面を見せた。これを見てニタニタしていた香川は「一緒に山に登ろう!」と呼びかけていた。なお、『おっぱいバレー』の綾瀬はるかは併設されている話題賞を受賞した。

主演男優賞

最優秀主演男優賞は『沈まぬ太陽』の渡辺謙が受賞。浅野忠信は『ヴィヨンの妻』と『劔岳』の2作(座席では『劔岳』チームのテーブルに座っていた)で参戦する健闘を見せたが敗北を喫した。日本アカデミー賞はベテランに甘い傾向があるが、有力視されていた『ディア・ドクター』の鶴瓶が勝てなかったのは俳優としては新人だったからかもしれない。渡辺はステージに上がるなり、撮影賞の木村監督のスピーチを受けて「木村大作さん、すみません!」とやや皮肉を込めて喜びを表し、会場を沸かせた。

監督賞

最優秀監督賞は、『劔岳』の木村大作監督が受賞。木村監督の名前が読み上げられたときには客席から「おお!」という歓声があがったと同時に「ということは作品賞も『劔岳』だろうね」という声があちこちから聞こえて来た。命がけで映画を作ったこともさることながら、公開期間中PRのため全国を車で回った仕事ぶりが評価されたのだろう。木村監督は受賞できたことがちょっと自分でも予想外だったのか「今日はおかしいですね」とコメント。「話せば長くなるからね。どのくらい喋っていいの?」と確認した上で「今こうしてここに立ててますが、僕は監督になったから映画を撮ったんじゃないんです。僕はこの映画を撮りたいから監督になったんです。投票でこうしてこの賞が決められたのはまた違った意味があります。しかし、2年間かけて撮った映画なので、浅野君が主演男優賞を取れなかったのは本当に納得できません! 断腸の思いです!」、「人間欲深いもので、あとひとつ、作品賞だけが残ってますが、これも取りたいね。ここまできたら全員で壇上に立ちたいね。もう結果は決まってるんだけど、封筒にマジックで『劔岳 点の記』と書きたいくらいです! もっと話したいことがあるけど、いいか。あとは作品賞取ったときに言うから。以上!」と木村節がここでも炸裂。授賞式のおいしいところを全部持っていった感じだ。

作品賞

これまで『劔岳』は最優秀賞6部門受賞という圧倒的な強さを見せつけ、『ヴィヨンの妻』、『沈まぬ太陽』、『ディア・ドクター』はそれぞれ最優秀賞2部門受賞で追いかけて来た。『ゼロの焦点』は焦点をあてられず受賞ゼロ。演技部門全4部門では結果が割れていたので、最優秀作品賞の予想も難しかったが、香川照之の素晴らしいスピーチと、木村大作監督中心に展開していった授賞式の流れから言って、ほとんどの人が『劔岳』の受賞を予感していたように思われる。ところが、フタを開けてみると、受賞したのは『沈まぬ太陽』だった。どちらかというと客席の雰囲気は「あれ?」という感じに近かったが、監督賞を取った者が作品賞を制するとは限らないのが日本アカデミー賞の面白さ。渡辺謙はステージに登壇すると、すかさず「木村大作さん、すみません! 主演男優賞よりもこっちの方が嬉しいです」と得意げに木村監督にまた皮肉の雄叫びをあげた。木村監督はテーブル席から手にフォークを持ったまま立ち上がり、マイクも持たずに何やら叫んでいた。

スペシャルゲスト 鳩山由紀夫首相

作品賞発表後、鳩山由紀夫首相が来場。鳩山首相は「正直言ってまだ映画を見てないんですが、これが良い映画だとはわかります」、「映画の舞台になったJALは沈んじゃったみたいですが、渡辺謙さん、あなたこそ”沈まぬ太陽”です」、「私の妻は毎日映画を作るんだと話しています。映画はそれくらい魅力的なもの」など、ユーモラスなスピーチで盛り上げた。

沈まぬ太陽』は、山崎豊子の600万部を超えるベストセラー小説を角川映画が映画化。アフリカ・イラン・タイをロケ。激動の昭和を背景に、巨大企業で冷遇されながらも信念を貫く男の生き様を描いた3時間を超える大作。(レポート:澤田英繁)

第33回日本アカデミー賞の最優秀賞受賞者は以下の通り。

作品賞角川歴彦
(角川映画)
『沈まぬ太陽』
監督賞木村大作『劔岳 点の記』
脚本賞西川美和『ディア・ドクター』
主演女優賞松たか子『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』
主演男優賞渡辺謙『沈まぬ太陽』
助演女優賞余貴美子『ディア・ドクター』
助演男優賞香川照之『劔岳 点の記』
音楽賞池辺晋一郎『劔岳 点の記』
撮影賞木村大作『劔岳 点の記』
照明賞川辺隆之『劔岳 点の記』
録音賞石寺健一『劔岳 点の記』
美術賞種田陽平
矢内京子
『ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~』
編集賞新井孝夫『沈まぬ太陽』
アニメーション作品賞細田守『サマーウォーズ』
外国作品賞山田邦雄
(ワーナー)
『グラン・トリノ』
新人賞岡田将生『ホノカアボーイ』
『重力ピエロ』
『僕の初恋をキミに捧ぐ』
榮倉奈々『余命1ヶ月の花嫁』
水嶋ヒロ『ドロップ』
志田未来『誰も守ってくれない』
溝端淳平『赤い糸』
平愛梨『20世紀少年<第2章>最後の希望』
『20世紀少年<第3章>ぼくらの旗』
渡辺大知『色即ぜねれいしょん』
会長功労賞三國連太郎
西田敏行
『釣りバカ日誌』
会長特別賞故・中岡源権(照明)
故・松林宗恵(監督)
故・村木与四郎(美術)
協会特別賞羽田澄子(記録映画作家)
帆苅幸雄(音響効果)
松下潔(背景)
松田孝(衣裳)
協会栄誉賞故・森繁久彌

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2010/03/07 3:55

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