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その土曜日、7時58分

Before The Devil Knows You're Dead
2007/アメリカ・イギリス/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント/118分
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン イーサン・ホーク マリサ・トメイ アルバート・フィニー 
監督:シドニー・ルメット
http://www.sonypictures.jp/homevideo/sonodoyoubi/

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その瞬間、一つめの誤算
 ニューヨーク。一見、だれもがうらやむ優雅な暮らしをしていた会計士のアンディは、離婚し娘の養育費もまともに払えない弟ハンクに禁断の企てを持ちかける。それは、実の両親が営む宝石店への強盗計画だった。その土曜日、7時58分。最悪の誤算を引き金に、次々にあらわになる真実。そして急速に追いつめられていく二人の運命は・・・。


シドニー・ルメット監督、84歳
フィリップ・シーモア・ホフマン&イーサン・ホーク主演

 『十二人の怒れる男』からはじまり、『セルピコ』『狼たちの午後』『ネットワーク』と半世紀以上もの間、緻密かつ硬派なドラマを撮り続けてきた現在84歳の名匠シドニー・ルメット。彼が監督45作目に選んだのは、斬新でスリリングな展開と重厚な人物描写が同居する緊迫した人間ドラマだった。
 本作で最初にキャスティングされたのは、『カポーティ』で見事アカデミー賞主演男優賞を獲得したフィリップ・シーモア・ホフマン。ルメット自身「現在のアメリカで最高の俳優の一人」と呼ぶ彼に、弟役ではなく事件の首謀者である兄を演じさせ、今や監督・作家としても活躍するイーサン・ホークに気弱な弟役をあてたところに、配役の妙がある。それによって家族の関係性にダイナミクスが生まれ、さらに様々な人物の視点と心情がフラッシュバックで明らかになるにつれ、“何がこの二人を駆り立てたのか”が重層的に掘り下げられていく。

ニューヨーク批評家協会賞など、多数受賞
現代の人間の脆さ、弱さを描ききった話題作
 他にも、父親役に『オリエント急行殺人事件』でルメットと組んだ経験を持つ名優アルバート・フィニー、兄弟のねじれた関係の鍵となるジーナ役にマリサ・トメイをはじめ、脇役に至るまで実力派が集まった。“アクターズ・ディレクター”として、俳優から最高の演技を引き出すことで知られるシドニー・ルメット監督のもとに、まさに一流のアンサンブル・キャストが揃ったのだ。
 脚本は、これが初の劇場長編作となるケリー・マスターソン。本作は2007年度ニューヨーク批評家協会賞(功労賞:シドニー・ルメット)、ロサンゼルス批評家協会賞(功労賞:シドニー・ルメット、助演女優賞:エイミー・ライアン)、ゴッサム賞(ベスト・アンサンブル・キャスト賞)ほか各賞を受賞。アメリカ映画協会をはじめ、ニューヨーク・タイムズ紙、ロサンゼルス・タイムズ紙などの全米主要新聞・雑誌で、2007年度最優秀映画ランキング“トップ10”に軒並みランクインした。
 『その土曜日、7時58分』は、一つの事件をモチーフに、ささいなきっかけから転落していく人間の脆さを描き出す。アルバート・フィニーはこう語る。
「ほんの一秒ですべてが変わる。人生で次に何が起きるかは、誰にも分からない」と。


STORY

ニューヨーク郊外の小さな宝石店に男が押し入った。銃を突きつけ店員の女性を脅しながら、次々と宝石を袋に詰めていく。隙を見つけた店員が男に発砲。男も撃ち返す。倒れる二人―。店の外で待っていた共犯者は、強盗が失敗に終わったことを知り、あわてて車を走らせながら叫んだ。
「なんてバカなんだ!」

強盗3日前。ハンク(イーサン・ホーク)は週末を娘と過ごしていた。離婚した妻からは養育費の支払いが遅れているのを責められる。そんな彼に、兄アンディ(フィリップ・シーモア・ホフマン)が強盗計画を持ちかけた。悩んだ末ようやく決心したハンクに、アンディは狙っている店を告げる。それは両親が経営する宝石店だった―。怖じ気づくハンクにアンディは「お互いに金が要る。そう大した犯罪じゃない」と前金をちらつかせ説得する。

強盗4日前。会計士のアンディは、美しい妻ジーナ(マリサ・トメイ)とマンハッタンのアパートメントに住み、一見だれもがうらやむ暮らしを送っていた。だが実際は、ドラッグに溺れ、会社の金を横領していたのだった。そんな時、国税局の調査が入ることを知り、帳簿をごまかしたことが明るみにでることを恐れ焦る。
アンディはつぶやく。「俺の人生はパーツがバラバラでつながらない。出てくる結果が合計にならないんだ」と―。

アンディとハンクは強盗が失敗に終わっただけでなく、撃たれたのが自分達の母親だと知って愕然とする。打ちひしがれる父親のチャールズ(アルバート・フィニー)は、新聞で犯行記事を読み、事件に疑問を抱きはじめていく。一方、ハンクは共犯者の家族から恐喝されていた。アンディもまた会社から帳簿の穴を問われ、二人は急速に追いつめられていく・・・。


PRODUCTION NOTE

脚本とメロドラマ

 本作に至るまで多様な名作を生み出してきた名匠シドニー・ルメット。その成熟した目を人間の本質の暗部に向け、45本目の監督作に選んだのが『その土曜日、7時58分』だ。本作で彼は“自分自身”という最悪の敵に直面した家族の姿を見事に描き出し、キャリア初期よりもさらに生き生きとした魅力を増した作品に仕上げている。「ケリーの脚本に魅了されたんだ。素晴らしいストーリーだった。優れたメロドラマほど良いものはないし、予想外の出来事が次々と起きる内容にはただただ驚いたよ」。
 メロドラマを高く評価するルメットは映画界では希有な存在である。このジャンルはともすれば時代遅れで、“リアリティ”が重要な(そして商業価値も高い)コンセプトとなっている現在においては、“おおげさ”とみなされがちである。しかしルメットは、メロドラマがストーリーテリングの古典的な形であることを良く知っているのだ。「メロドラマというのは非常に奥深い。突飛な物語の状況や登場人物の行動を、観客に何の疑問も抱かせずすんなり受け入れさせる。本当に素晴らしいメロドラマでは、そういった出来事が素早く、そして何の前触れもなく起きる。あっという間にグツグツ煮える圧力鍋のようにね。登場人物の背景や過去を観せている暇はない。素早く無駄のない、アグレッシブなストーリーテリングで、物語を進行させる要素以外は大して重要じゃないんだ」。
 脚本家ケリー・マスターソンが、アイルランドの古い乾杯の音頭“死んだことを悪魔に気づかれる30分前に天国に行けますように”からつけたタイトル(原題:Before the Devil Knows You’re Dead/死んだのが悪魔に知られる前に)ですら、切迫感と大惨事の可能性を示唆している。「ほとんどのドラマは、物語の発端が登場人物だ。この人物はこういう人間であるから、これが不可避の結果だ、とね。メロドラマはそれとはまったく逆だ。登場人物たちは、物語の要求に合わせて自分たちの行動を正当化しなければならないんだからね」と、ルメットは言う。
 また、ルメット曰く、「メロドラマの登場人物たちは、身近な存在やヒーローであることはほとんどない。共感できない人物だったり、ときには卑劣きわまりない人物だったりする。しかし、それにも関わらず観客は彼らに反応する」、さらに「『羊たちの沈黙』、ハンニバル・レクターの登場がすべてを変えたんだ。人間を食べる知人なんて、まずいないだろ? なのに、“夕食に人を呼んでいる”というレクターの言葉で、その人を夕食に食べるんだろうと観客が深読みしてしまうのさ。信じられるかい?」。
 『その土曜日、7時58分』でも、ヒーローは登場しない。さまざまな状況が家族一人一人の最悪な面を引き出す。ことあるごとに、彼らは考えられる限り最悪の選択をし、自分自身ですら驚き、恐れおののくような行動をとる。こうした、どんなに極端で好ましくない行動でも、観客に自然なことだと錯覚させるのが、役者たちに与えられた課題となる。


監督と出演者

 この挑発的な物語のキャスティングにあたり、シドニー・ルメットが一番にリストアップしたのがオスカー俳優のフィリップ・シーモア・ホフマンだった。
「現在のアメリカで最高の俳優の一人」と、ホフマンの非常に幅広い才能をルメット自身も認めている。
 メロドラマに驚きの要素を入れるため、それぞれの役者のタイプに逆らって、兄であり犯罪の首謀者アンディ役にフィリップ・シーモア・ホフマン、弟のハンク役にイーサン・ホークをキャスティング、他の脇役およびエキストラにまで細かく指示を出した。「リハーサルは初日から、本当に興奮したよ。昔『オリエント急行殺人事件』(74)で一緒に仕事をしたアルバート・フィニー以外は初めての人ばかりで、マリサ・トメイやイーサン・ホーク、そしてフィリップ・シーモア・ホフマンとも仕事をしたことがなかったが、彼らが素晴らしい才能の持ち主だってことがすぐにわかった。主演の二人はもちろんだが、マリサ・トメイも魅力的な女優だ。どのテイクもまったく同じということがない。そして常にリアルなんだ。彼らなら、極端で芝居がかったとも言える虚空の世界に観客をゆだねさせることができるだろう」と、主要キャストの演技にルメットは大いに感銘を受けた。
 俳優たちは、ルメットのおかげでモチベーションが上がり、集中することができたという。「世界有数の俳優(本作では、アカデミー賞ノミネート経験のあるローズマリー・ハリスとトニー賞受賞俳優ブライアン・F・オバーンなど)たちが、たとえわずか数日でもルメットと一緒に仕事をしたがる。彼の作品で、そんな素晴らしい俳優たちと共演することができるなんて最高に嬉しいよ」と、イーサン・ホークは語る。また、フィリップ・シーモア・ホフマンにとってルメットは、安心できる存在のようだ。「プライベートの時間には、親愛の情を込めて、僕らの肩や顔や手をつかむんだ。僕らの味方だということを彼はそういう形で示す。黙って遠くから見守る父親タイプじゃないね。直截的で正直で、とても頼りになるよ」。


シドニー・ルメットの製作方法

 シドニー・ルメットは、演技を作りあげる過程をとても大事にする監督である。彼の映画作りは舞台劇同様に、入念なリハーサルから始まり、二週間かけて通し読み、立ち稽古、話し合い、そしてテープの貼られたセットでのリハーサルが行われた。役者たちは、本編の最初から最後までを通して演じ、家具や小道具も使ったリハーサルは、全員にとってのラーニング・プロセスとなる。ルメットと出演者たちにとってリハーサルは神聖なもので、邪魔が入ることは許されないのだ。「長いリハーサル期間のおかげで、撮影に臨む頃には、仕事仲間を良く知ることができたし、クリエイティブ面で決めなければならなかったことの多くをすませておくことができた」と、イーサン・ホークは言う。
 スムーズで効率が良いことで知られるルメットの撮影の鍵は、こうした入念な準備にある。ルメットのスタッフはいつも、彼の決断の明快さと撮影の早さに感銘を受けるという。ルメットにカメラと照明を置く位置を指定されたとき、そこが、何週間も前のロケハンの際にもルメットが選び、アシスタントたちがルメットには知らせずに小さな印を地面につけていた位置そのものだったと後にスタッフの一人が語っている。
 3度のアカデミー賞に輝いているサウンド・ミキサーのクリス・ニューマンは、ティモシー・ハットンが主演した1950年代の物語『Daniel』(83)で初めてルメット作品に携わった。当時、ルメットが6台のカメラと1万人のエキストラを要するシーンを撮影し、一行を移動させ、3千人のエキストラに衣装を着けさせ、次のシーンを3台のカメラで撮影し終えても、まだ昼前だったことがあった、と邂逅する。これがルメットにとっては標準的な仕事のやり方なのだ。
「シドニー・ルメットの動きの速さには皆驚くよ。彼の動きがセットに緊張感のあるテンポを生むんだ。全員、とくに役者たちのテンションがあがるね。そのテンポに慣れるまでに2、3日かかったけど、この作品で3テイクかかるシーンがあったら、何かが間違っている、ってことだからね」とイーサン・ホーク。対してフィリップ・シーモア・ホフマンは「難なくルメットのペースに合わせることができた」と話す。アルバート・フィニーもこう振り返る。「一度彼のリズムが分かってしまえば、自分もそのリズムで動ける。クレイジーだとも思わないし、早すぎるとも思わないね。なぜか、急かされている、って感じがしないんだ。セットに来たら確実に撮影が行われるんだ。32年前に彼と仕事をしたけど、今もあの当時と同じスピーディな撮影だったよ。まったく変わっていないね」。
 ターボの効いたルメット式の撮影では、迅速なセット変更に対応するため、美術スタッフは一日24時間体制で働くことになった。プロダクション・デザイナーのクリストファー・ノワックは、宝石店、アンディのオフィス、そして主要登場人物がそれぞれ暮らすアパートを設計した。一番大きなセットは、いくつかの重要なシーンの舞台となる高級レストラン&バー、ムーニーズ・パブだった。また本作の撮影監督は、『Find Me Guilty』(06)、 「強制尋問」(04/TVM)、そして“100 Centre Street”(01-02)でルメット作品に携わったロン・フォーチュナトである。


題材について

 シドニー・ルメット作品は故意に厭世的である。フィリップ・シーモア・ホフマンは言う「この家族は明らかに心がつながっていない。それ故に、アンディとハンクはこのひどい犯罪が成功すると考えたんだ。問題は何一つない。保険が下りるから両親は何も心配することはない。痛手を蒙ることはないってね。綿密な計画が崩れ始めるまではそう信じていたんだ。かなりクレイジーで強烈なストーリーだが、実はとても真実味があるんだ。今の世の中で起きていることを見たり、ニュースで聞いたりしていると、心がつながっていない家族がいたるところにいる。兄弟同士や、親子の間で諍いが起きる。悲惨だけどよくあることだ」。
 本作のストーリーは時系列や視点が断片的に入れ替わりながら語られる。登場人物たちがお互いや自分のことについて新たな発見をしてゆくにつれ、観客も彼らのことを知ってゆく。ハンクは養育費の支払いを滞らせていて、娘の学費を捻出するのがやっと。一方アンディは、一見優雅な生活をしているが、その裏ではドラッグに依存し、会社のお金を横領していたのだ。彼らはお金の心配をすることなく生きたいと願った。ごく普通の願望だが、彼らがその目標を達成するために選んだ手段が普通とかけ離れてしまったのだ。
 彼らの安易な行為は、次第に手に負えない、強烈な出来事の連続につながってゆく。ルメットは、彼独特の方法で、“完全犯罪”が人間の脆さと不完全さによって失敗していくさまに、我々を誘い込む。悲惨な第一歩を踏み出してしまったら、もう二度と戻ることはできない。「本のページをめくるのと同じだ」とアルバート・フィニーは言う。「ほんの一秒ですべてが変わる。人生(そしてメロドラマ)において、人間が知り得ない唯一のものは、次に何が起きるか、ということなんだ」。

10月11日(土)恵比寿ガーデンシネマほかにてロードショー