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ディア・ドクター

2009/日本/エンジンフイルム=アスミック・エース/127分
出演:笑福亭鶴瓶 瑛太 余貴美子 井川遥 松重豊 岩松了 笹野高史 中村勘三郎 香川照之 八千草薫 
監督:西川美和
http://www.deardoctor.jp

偏差値:60.3 レビューを書く 読者レビュー(5)

先生、一緒に嘘、ついてくださいよ──

 山あいの小さな村から一人の医師が失踪した。警察がやってきて捜査が始まるが、驚いたことに村人は、自分たちが唯一の医師として慕ってきたその男についてはっきりした素性を何一つ知らなかった。やがて経歴はおろか出身地さえ曖昧なその医師、伊野の不可解な行動が浮かび上がってくる──。

 遡ること2か月。東京の医大を卒業した相馬は、研修医としてその村に赴任してきた。コンビニ一つなく、住民の半分は高齢者という過疎の地。そこで相馬は、伊野という腰の据わった勤務医と出会う。日々の診察、薬の処方からボランティアの訪問健康診断まで。村でただ一人の医者として、彼はすべてを一手に引き受けていた。診療所に住み込み、急患が出れば真夜中でも飛んでくる伊野のことを、村人は「神さま仏さま」よりも頼りにしている。僻地の厳しい現実に最初は戸惑っていた相馬も、村中から親しげに「先生」と呼びかけられる伊野の献身的な働きぶりに共感を覚えるようになっていく。
 ある日、かづ子という一人暮らしの未亡人が倒れた。彼女は、自分の体がもう大分良くないことに気づいている。「先生、一緒に嘘、ついてくださいよ」。やがて伊野がかづ子の嘘を引き受けたとき、伊野自身がひた隠しにしてきたある嘘も浮かび上がってくる。ずっと言うことができずにいた一つの嘘が。


「日本で一番顔を知られた男」こと笑福亭鶴瓶、一世一代のはまり役!

 柔和な表情の奥に過激なまでなエンターテイナー精神をみなぎらせた「日本で一番顔を知られた男」こと笑福亭鶴瓶が、芸歴37年目にしてついに主役を張った。致命的な秘密を抱えながら生きてきたが、ある出来事をきっかけにのっぴきならない状況へと追い込まれていく僻村の医師。棚田が広がる田園地帯を舞台に、伊野というひとりの男の突拍子もない人生を圧倒的存在感で演じきり、観客を一気に物語へと巻き込んでいく。今まで誰も見たことのない笑福亭鶴瓶──まさに一世一代のはまり役となった。
 伊野と好対照をなす都会育ちの研修医・相馬を演じるのは、映画・ドラマに大活躍する瑛太。若さゆえのイノセンスを見事に体現することで物語に繊細な陰影と奥行きを与えている。また伊野に自らの運命を委ねる未亡人・かづ子役には八千草薫。凛として可憐なその佇まいで、物語に慎ましやかな希望を添えている。さらに、伊野をサポートする経験豊富な看護師役に余貴美子。診療所に薬を卸すたび伊野に思わせぶりな言葉を投げかける営業マンには同監督の前作『ゆれる』から連続登板となる香川照之らが診療所をとりまく重要人物の役で共演。その他にも脚本に惚れ込んだ屈指の演技派たちが集い、「小さな村で起きた大事件」の顛末がときにユーモラスに、ときにシリアスに展開していく。


命の恩人か、ただの嘘つきか。
若き本格派・西川美和監督による極上の人間ドラマ

 原作・脚本・監督のすべてを手がけたのは、異例のロングランを記録した前作『ゆれる』で数々の映画賞を総なめにし、正式出品されたカンヌ国際映画祭でも満場の喝采を浴びるなど、いま日本映画界でもっとも注目されている西川美和。精微で彫りの深い心理描写と、強烈な牽引力を備えたストーリーテリングの力で映画界を驚かせた若き本格派による、文字通り待望の長編3作目である。
 ものごとの二面性を鋭く捉え、「白と黒には決して塗り分けられない世界像」を生々しく浮かび上がらせる手腕は、前作以上に冴えわたっている。僻地の医師不足というリアルな社会問題をエンタテインメントとして成立させながらそこに生きる人たちが孕む可笑しさ、愚かさ、愛おしさに深く寄り添った眼差しを貫き通すーーやがて観終わった後、温かな気持ちで満たされる極上の人間ドラマを完成させた。



【ストーリー】

◆八月下旬、夏の終わりのある日──

 山あいの小さな村から、一人の医師が失踪した。夕方、ふいに診療所を出ていって以来、誰もその姿を目にしていない。村はずれの長い坂道で、脱ぎ捨てられた白衣が見つかった。あの先生がいなくなったら村はどうなってしまうのか? 集まってきた村人たちが心配そうに騒ぎ始める。
 やがてベテランの刑事が二人、県警から派遣されてくる。どうせ辺鄙な土地に嫌気が差して逃げ出したんだろう。一人はそう疑っている。老人相手に三年半も我慢していれば、金もそこそこ貯まったはずだと。ともかく彼らは、消えた医師の身辺を洗ってみることにする。


◆七月初旬、医師失踪の約二か月前──

 東京の医大を出たばかりの相馬は、研修地の神和田村に向かって真っ赤なカブリオレを走らせていた。あたり一面の棚田。コンビニ一つ見あたらない。頭の中にあるのは二ヶ月をそつなく過ごし、早く都会に戻ることだけだ。曲がりくねる田舎道。突然、二人乗りの原付バイクが視界に飛び込んでくる──。
 気が付くと診療
所のベッドに寝かされていた。隣室では白衣の中年医師が、老人たちを診察している。慌てて言い訳する相馬に、男は「伊野でございます」と微笑む。柔らかい関西弁に、掴みどころのない表情。傍らでは快活そうな女性看護師がテキパキ動き回っている。こうして相馬にとって、まったく未経験の生活が始まる。
 診察、薬の処方、独居老人の健康チェック。村の診療所に住みこんだ伊野は、すべてを一手に引き受けていた。ひっきりなしに訪れる患者の相手をし、急患が出れば真夜中でも飛んでいく。「無医村だった村に、俺があの人を連れてきた」と自慢する村長。最初こそ戸惑っていた相馬だったが、村人から心底頼りにされている伊野と一緒に働くうち、次第に都会では味わったことのない充実感を覚え始める。


◆八月下旬、医師失踪から数日後──

 刑事たちは途方に暮れていた。調べれば調べるほど、伊野という男の経歴からは不審な点ばかり浮かび上がってくる。履歴書に記された親元は不通、過去に在籍した数々の病院にも、すべて出自を偽っていたようだ。どこで生まれどんな風に育ったのか、ちゃんと知っている村人は一人もいない。「神様や仏様より先生の方が頼り」などと言いながら、誰ひとり彼の心の内の声に耳を傾けようとしなかったのでは──。刑事の胸にはそんな疑念が広がっていく。


◆七月下旬、研修開始から約一か月──

 ある日、伊野たちは鳥飼かづ子という未亡人が倒れたところに駆けつける。胃痛持ちだというが、なぜか彼女が診療所を訪れたことは一度もない。末娘は東京の大学病院に勤めているらしいが、どこか医者を避けているように見える。伊野はほんの少しお腹に触れただけで、様子がおかしいと気づきながらもあっさり席を立つ。そして去り際に、いつも使っているペンライトをそっと戸棚の下に潜らせる。
 その晩、ペンライトを探すふりをして、伊野はもう一度鳥飼家を訪ねる。「お嬢さんに相談されてます?」と探りを入れる伊野に、かづ子はポツリと「なんにもしなくていいですから」と呟く。数年前、長い看病の末に夫を看取った彼女は、自分が娘たちに同じ負担をかけることを何より恐れていた。「先生、一緒に嘘、ついてくださいよ」というかづ子の頼みを、伊野は「病状を包み隠さず診させるならば」という条件のもとで引き受ける。数日後、雲がどんより垂れ込めた日。かづ子が診療所を訪れた。不思議そうな顔の大竹と相馬を外出させた伊野は、二人だけの検査室で、ぎごちない手つきで彼女に胃カメラを飲ませる。
 かづ子が帰った後、雨は激しさを増していた。突然、土砂崩れに巻き込まれた作業員が診療所に運び込まれてくる。骨折を疑った伊野がレントゲンを撮ろうとした矢先、怪我人はいきなり苦しみ始める。なすすべなく立ち竦む伊野。かつて救急病院で働いたことのある大竹は、肺が破れて胸に空気がみるみる溜まり心臓や大動脈を押し潰していく「緊張性気胸」を疑い、胸に針を刺して脱気しなければ長くは持たないと伊野に迫る。そして相馬に気付かれないよう、こっそり身振りで針を突くポイントを示す。大竹のサポートが功を奏し、男は一命を取り止めた。搬送先の病院で判断を絶賛された伊野を男の家族が取り囲み、それを相馬が熱い眼差しで見つめている。


◆八月中旬、お盆近く──

 伊野は、夜になると診療所を抜け出し、点滴を持ってかづ子の家を訪れるようになっていた。先日の検査結果は、すでに手元に届いている。その晩、玄関で伊野を見送ったかづ子はひどい吐き気でうずくまってしまう。駆け戻って背中をさする伊野に、かづ子は「娘が来るの。何とかして」となおも必死で訴える。
 伊野は診療所に薬を卸している営業マンの斎門に取り引きを持ちかけ、販売ノルマに協力する代わりに胃カメラを飲ませて、治りかけの胃潰瘍を撮影する。「僕の胃潰瘍なんか撮って、なんに使うかは聞きませんけどね」。とぼけた口調で人の足下を見る斎門は、何か伊野の秘密を知っているらしい。
 やがて久しぶりに、鳥飼家の娘たちが帰省してくる。末娘のりつ子は、台所のごみ箱に捨てられた薬の殻を見つける。口の中で薬品名を読み上げていくうち、端正なりつ子の表情が少しずつ曇っていく。
 その頃、相馬は、研修期間をすべて終えたら来春からまたここに置いてほしいと決意を固めていた。伊野は「俺はこの村が好きで居てるのと違う、ずるずる居残ってもうただけや」と話すが、相馬は「でも先生は間違いなく、ここの人たちから感謝されてるじゃないですか」と取り合わない。伊野の口から漏れた「俺、ニセモンや…」という言葉も、相馬にはうまく伝わらない。


◆八月下旬、夏の終わり──

 りつ子が診療所を訪ねてきた。示された胃カメラの画像を食い入るように見つめ、胃潰瘍にしては症状が長引きすぎるのではないか、と厳しく問いただすりつ子に、伊野は懸命な説明を試みる。やがて自分なりに納得した彼女は非礼を詫び、「父が倒れる前、自分は早く気付けなかった。同じミスをしたくなくて」と頭を下げる。大学病院での勤務を抱えた自分は来年の今頃まで帰ってこられない。どうぞ母をよろしくお願いしますと。
 来年の今頃。その言葉を聞いた伊野の顔に、苦悩とも迷いともつかない翳りが広がっていく。そして、りつ子に「すぐ戻りますから」と言い残し、何かにせきたてられるように原付バイクに飛び乗って、診察室を後にする。夕陽に照らされた村にエンジン音が響き、ゆっくりと薄れ、そして二度と戻らなかった。


◆九月初旬、医師失踪から約一週間後(9日目)──

 刑事たちはまだ、医師の消息を追い続けている。だが、あれほど伊野を頼りにしていた村人たちの間でその記憶は急速に薄れつつあるようだ。診療所は閉鎖され、相馬もまた次の赴任先へと去っていった。
 かづ子はいま、りつ子が勤める病院に入院している。娘はまだ、母親に本当の病名を告げられないままだ。もしあの日、自分が診療所を訪ねてなければ、あの先生は、母をどんな風に見届けたんだろう。時々そんなことを考えてしまうのだと、事情聴取に訪れた刑事たちにりつ子は話す。「もし捕まえたら、聞いておいてください」。そう言ってりつ子は、足早に職場へと戻っていく。
 偽物なりに村を支えていた男──彼はその頃、思いもかけない場所に向かっていた。

6月27日(土)シネカノン有楽町1丁目ほか全国ロードショー

天才笑福亭鶴瓶の初主演作『ディア・ドクター』公開

天才笑福亭鶴瓶の初主演作『ディア・ドクター』公開

2009年6月27日(土)、有楽町にて、『ディア・ドクター』の初日舞台挨拶が行われ、西川美和監督(34)、笑福亭鶴瓶(57)、八千草薫(78)、瑛太(26)が登壇した。