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ミルク

Milk
2008/アメリカ/ピックス/128分
出演:ショーン・ペン エミール・ハーシュ ジョシュ・ブローリン ディエゴ・ルナ ジェームズ・フランコ アリソン・ピル ヴィクター・ガーバー デニス・オヘア 
監督:ガス・ヴァン・サント
製作:ダン・ジンクス、ブルース・コーエン
脚本:ダスティン・ランス・ブラック
撮影:ハリス・サヴィデス
美術:ビル・グルーム
編集:エリオット・グラハム
衣装:ダニー・グリッカー
音楽:ダニー・エルフマン
http://milk-movie.jp/

偏差値:63.5 レビューを書く 読者レビュー(2)

時代が、ミルクを必要とした

70年代のアメリカで、ハーヴィー・ミルクの周囲には社会変革の大波が次から次へと押し寄せた。彼の軸足は同性愛者の人権解放にあったが、それは同時に高齢者から労働者までさまざまな社会的弱者への共感へとつながっていた。すべての“声”を代弁しようと奮闘したミルクに、時代は苛酷な運命を用意していた。映画『ミルク』は、そんな彼の人生の最後の8年間を描いている。

72年のニューヨーク。金融や保険業界で働いていたハーヴィー・ミルク(ショーン・ペン)は、20歳年下のスコット・スミス(ジェームズ・フランコ)と出逢い、恋に落ちる。2人は新しい人生を求めて自由の地、サンフランシスコに移り住む。転居先はアイルランド系の移民労働者たちが数多く住んでいたユリーカ・ヴァレー地区。60年代後半から、同性愛者やヒッピーたちの流入も続いていたこの地域は、やがて「カストロ地区」と呼ばれるようになる。

当初は職にも就かず、自由気ままな暮らしをしていたミルクたちだが、貯金の底が見える頃に自分たちのアパート1階に小さなカメラ店「カストロ・カメラ」を開店。社交的でユーモアにあふれたミルクの人柄はたちまち周囲の同性愛者やヒッピーたちを惹き付け、店は周辺商店主や住民たちも含めた情報交換の場、コミュニティ・センターの様相を呈し始めた。だが、近隣にはアイルランド系の保守的なカトリック層も多く、同性愛者たちを快く思わぬ者たちもいた。ミルクは、そうした差別的な既存の商工会に対抗して、カストロ・ヴィレッジ協会という新しい商工会を結成。恋人であるスコットらの理解と協力を得て、地元商店街や近隣住民の抱える問題に政治的により深く関わり始め、「カストロ・ストリートの市長」というもうひとつの名を持つようになる。

1973年11月、ミルクは初めてサンフランシスコ市の市政執行委員(日本の市議に近い役職)の選挙に立候補。“自由な地”サンフランシスコであっても同性愛者に対する偏見と暴力が公然と横行していた当時、彼はすべての人のための権利と機会の平等を求めるが、落選。2年後の75年、2度目も落選する。ただ、この年にはミルクも支援した州上院議員だったジョージ・モスコーニがSF市長に当選。ミルクは同市長によって市の上訴認可委員に任命されるが、今度は76年の州議会下院選挙に打って出るために同委員も辞めることになった。

この頃から、恋人スコットともすれ違いが生じ始めるが、ミルクは大きな政治の時代のうねりの中で、すでにスコットだけのミルクではなくなっていた。州議会選でも3度目の敗北となったミルクは、スコットとの約束に反して4度目の選挙である77年の市政執行委員選に立候補。ついに彼との別れを経験するミルクだったが、その代償のように、小選挙区制に変わった新制度のもと、カストロを含む第5区で念願の当選を果たす。それは、同性愛者だと公言して米国史上初めて公選された公職者の誕生だった。当選を喜ぶ支援者の中には新しい恋人ジャック・リラ(ディエゴ・ルナ)や若き同性愛者活動家に成長したクリーブ・ジョーンズ(エミール・ハーシュ)、この選挙の参謀だった同性愛者の女性アン・クローネンバーグ(アリソン・ピル)のほか、スコットの姿もあった。

78年1月の委員就任後、公共・福祉政策の立案で地域住民の広い賛同を得たミルクが次に直面したのは、同性愛者の教師をその性的指向ゆえに解雇できるとするプロポジション6(提案6号)の住民投票。同性愛者の権利剥奪の運動が全米で成功を収めていたのだ。カリフォルニア州でも、もしプロポジション6が成立すれば、同性愛者への差別は教育分野だけに留まらず他の職業分野や居住環境など生活全般に拡大してしまう。そして、その反動の波は人種の違うさまざまな人々、障害者など、社会的立場の弱いマイノリティにも及んでしまう恐れがあった。そして、未来への希望に対する信念を持って、ミルクは精力的にプロポジション6への反対運動を展開する。

対して、保守派たちは「子供たちを守れ!」という大号令のもと賛成運動を繰り広げた。その筆頭は元準ミス・アメリカで人気歌手だったアニタ・ブライアント。彼女はその知名度を利用して精力的にメディアに登場。「同性愛者は子供を産めない。だからあなたの子供たちを新しく同性愛者にしようとリクルートしている」という誤った偏見を流布し、ミルクたちの反対運動を追い込んでいった。だが、ミルクは「運動は続けなければならない。なぜなら、わたしの選挙は今を生きている若者たちに希望を与えたからだ。若者たちには、希望を与え続けなければならないのだ。」という思いのもと、リベラル派の民主党元大統領ジミー・カーターや、保守派の共和党の現職大統領レーガンらの賛同も得るに至り、78年11月7日の開票の夜、プロポジション6に対する住民投票は劇的な否決を勝ち取るのだった。

一方、もう一つの運命がミルクを待ち受けていた。同じ選挙で当選した同僚市政執行委員ダン・ホワイト(ジョシュ・ブローリン)の影だった。敬虔なキリスト教徒の家に育ったホワイトは同性愛者であるミルクの華々しさと強引とも言える政治手腕に異和感とストレスを覚えながらも是々非々で彼に対峙していた。その彼が同78年11月10日、突然の辞意を表明するが、直後にその辞意を撤回するのだった。しかし、モスコーニ市長にその辞意撤回をさらに拒絶されるという屈辱も経験する行為に至るのだった。

78年11月27日、ダン・ホワイトは拳銃を用意し、市庁舎の金属探知機を回避するために地下から庁舎内に侵入。最初に市長執務室でモスコーニを射殺し、次にミルクのところに行き彼を射殺した。ミルクの任期はわずか11カ月余りで終わりを迎えた。衝撃と悲嘆がサンフランシスコを覆った。ミルクの死を悼む若者たちが、同性愛者たちが、そして人種・性別に関わらずサンフランシスコの3万人以上の市民たちが、ロウソクを手にカストロ地区から市庁舎までを行進し、ミルクとモスコーニ市長の死を悼んだ。ミルクの希望に充ちた変革の人生は、48年で幕を閉じるのであった。

4/18(土)、シネマライズ、シネカノン有楽町2丁目、新宿バルト9、吉祥寺バウスシアター他にて全国ロードショー


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