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I'm Not There
2007/アメリカ/ハピネット=デスペラード/136分
出演:クリスチャン・ベール ケイト・ブランシェット マーカス・カール・フランクリン リチャード・ギア ヒース・レジャー ベン・ウィショー ジュリアン・ムーア シャルロット・ゲンズブール 
監督:トッド・ヘインズ

偏差値:55.3 レビューを書く

私は何処にもいない。 [70点]

ボブ・ディランというアーティストは、時代の変遷に従ってその音楽性をくるくると変化させてきた人だ。
キャリアの初期には、プロテスト・ソングを歌うフォーク・シンガーとして脚光を浴び、アコースティック・ギターをエレキ・ギターに持ち替えてからは、シャウトするロック・スターとなり、時には俳優としても活動し、ロックンロールに飽きるとR&Bやゴスペルに傾倒したりもした。そして、つい最近では初めてのクリスマス・アルバムなんかを制作したりして、現在も現役バリバリの達者な爺さんである。
要は、この御仁は飽きっぽい人であるのだろう。自分のイメージに色が付いてしまうと、それを嫌って次々とファンを煙に巻くようなイメージチェンジを敢行する。昔ながらの彼のファンは、変化し続ける男の気まぐれについていかねばならんわけで、ある意味大変だろうと思われる。しかもこの御仁、なにをやらせても高い才能を発揮するのだから困ったものだ(笑)。
周囲のディラン・フリークに話を聞いてみても、フォーク時代のディランが最高だという人もおれば、いやいやロック時代の彼が一番だ、という人もいて、ディランという不思議な存在の全体像を把握しているファンは少ないという印象を受ける。だが、この「アイム・ノット・ゼア」を作ったトッド・ヘインズ監督は、多分、その数少ないディランの理解者のうちの1人であろう。
今作は、ウディ・ガスリーを敬愛した青年時代、詩人ディラン時代、フォーク時代、ロックスター時代、俳優時代、ゴスペル時代、業界を離れて隠遁していた時代…の、それぞれのディランが残したエピソードを元に創作されたお話を、6人の異なる俳優に演じさせたもの。このアイデア自体は一見奇抜に見えるが、ディランという不可思議なアーティストを表現するには、実は最も適した方法であることがわかる。
おそらく一般の方々がとまどうのは、それぞれ時代の異なる6つのエピソードを無作為に自在に交錯させる、“ザッピング”という表現方法であろう。ヘインズ監督は、この十八番の演出方法でもって、ある1人の人間の思考の流れを(今作ではディランとディランを見つめるヘインズ監督自身)、順序だてて説明するのではなく、あるがままに映像に写し取っていくのだ。まるで、人間の深層心理の奥深くに眠っている、本人も気付くことのないある心象風景を鮮やかに再現するかのごとく。映画としての良し悪しは別として、今作の映像の流れに身を任せてみる体験は、素晴らしい音楽のメロディーに身をゆだねることにとても似ていると思う。

2010/02/11 00:10

豆酢

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