宮崎駿 (巨匠の歴史)

■アニメとは最もシンプルな映画の形態である
 日本でもっともレスペクトを集めている監督は宮崎駿かもしれない。知名度、才能共にまさしく日本一である。
 監督デビューが遅かったせいもあり、まだ作品数は少ない。しかし作品の一本一本には、まるで非の打ち所がない。90年代からは作品一本にかける時間にももっとゆとりを持たせているが、慎重にネタをぬくめているのか、単にアニメの制作が遅いからか、それともわざとじらしているのか、観客を待たせた後の発表では毎回センセーションを巻き起こす。作品一本一本の「出来事」が日本の歴史に刻み込まれる。キネマ旬報ベスト・テン入賞、海外の映画祭で受賞、興行成績の塗り替え、史上最高の視聴率、等々。
 ここで重要なのは、宮崎監督の作品がすべてアニメだということ。アニメは常に実写映画とは別個に扱われている傾向にあり、とくにアニメ大国と言われる日本では、映画の原点がパラパラマンガすなわちアニメであることを忘れているかのようだが、そんな時代に宮崎アニメは実写と区別されることなく、映画というひとくくりの中で高く評価され、今では宮崎監督は日本一の映画監督という称号を確実に獲得している。アニメーション(動画)とは最もシンプルな映画芸術へのアプローチであり、宮崎アニメからは、映画こそ最上のエンターテイメントであることを教えられる。

■それぞれの作品で情感に働きかけるものが違う
 宮崎アニメにでてくる登場人物は愛嬌があって、温かい人たちばかりだ。キャラクターを見ているだけでもホッとしてくる。宮崎アニメがテレビで放映されるたんびに同じ作品を何度も見てしまうのは、こういったキャラクターたちを通して、人間が決して飽きることがない幸福な気持ちを形にしているからではないだろうか。「ルパン三世カリオストロの城」の銭形警部の最後の決め台詞、「魔女の宅急便」の素晴らしき町の住人たち。とてもストーリーはわざとらしいのに、なぜだか見ていてとても気持ちがいい。宮崎アニメは人の愛情に働きかけている。だから宮崎アニメはいつまでも思い出深く、何度でも見たいと思わせる。
 宮崎監督はどの作品でもその優しさを忘れたことはなかったが、それでいて描き出そうとしているテーマは毎回違っていたので、宮崎アニメはどれも似ているようで、胸の熱くなる所は違っていた。宮崎アニメの各作品に優劣がつけられない理由はそこにある。「となりのトトロ」「紅の豚」「もののけ姫」、それぞれが違う意味で頼もしい作品に仕上がっている。これは極めて稀な才能だ。

■宮崎流空間美
 「カリオストロの城」での屋根から屋根への猛ダッシュ、「天空の城ラピュタ」での今にも落ちそうな宙ぶらりん状態。宮崎監督の才能で一番褒めるべきところは、空間の使い方である。建物・地形の見事なまでの造形・世界観。「風の谷のナウシカ」が発表された時、その壮大で斬新なイメージには劇場がどよめいた。
 宮崎監督は乗り物、クリーチャーなどのデザインにも毎度ながら技を感じさせる。海外ではウォルト・ディズニー級の待遇を受けた「千と千尋の神隠し」は、世界観、建物やクリーチャーの造形において、宮崎流の空間美が全編に溢れる意欲作。上階から銭湯を一望できる吹き抜きのデザインはまさしく圧巻。宮崎アニメをディズニーアニメと比較する気はさらさらないが、ただ宮崎流の空間美がディズニーアニメにはない要素だということは記しておくべきだろう。「千と千尋」でようやく海外の一般ピープルの耳にもHayao Miyazakiの名前が届くようになったが、宮崎監督の実力はこれだけではないことを今後じわりじわりと証明していくはずだ。そして宮崎監督は日本人の偉大さを世界にさとすキーマンとなるだろう。

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