オー・ブラザー! (名作一本)
コーエン兄弟は現実をファンタジックに描く
このコーナーにまだ記憶に新しいこの作品を紹介するのはどうかとも思ったが、今更ながら、僕はこれは後世に残る名作だと思うのである。コーエン兄弟はプレストン・スタージェスの傑作「サリヴァンの旅」の中に出てくる架空の映画企画「オー・ブラザー」を自分たちで映画化した。スタージェスは戦争のせいもあって、日本ではほとんど馴染みがない監督であるが、アメリカでは30年代最も有名な監督だった。30年代のアメリカは不況のまっただ中。この時代を舞台にした、ほのぼのロードムービーである。スタージェスらしいウィットの利いた内容になっていることに注目したい。
コーエン兄弟は並外れたユーモア・センスを持つ娯楽メーカーである。しかし、彼らの映画はスカッと一気に見せるような豪快なものではなく、どちらかというとゆっくりと噛むほどに深い味わいがあるタイプの方だ。爆笑よりはクスクス。そのさりげなさがコーエン兄弟を賞賛すべきところであり、スタージェスにも通じるところである。
「ファーゴ」にしても、それがただの犯罪映画に終わらないのは、コーエン兄弟の映画全体に漂う「どこか不思議」な雰囲気が、みているうちに、じわりじわりと観客を引き込ませるからである。コーエン兄弟の映画の肝はそこにある。映像の空気だけで観客を魅了できる監督は近年では希な存在だと思うが、その点で考えるなら「オー・ブラザー!」はコーエン兄弟の映画の中でも特に優れた作品ということになる。「未来は今」や「ビッグ・リボウスキ」は、多少夢想的になりすぎた感もあるが、「オー・ブラザー!」はさりげなく、最後までどこか不思議なユーモアが保たれている。たとえば、「悪魔に魂を売った」気でいる黒人のブルース・ギタリストが登場するなど、いかにして非現実的なものを現実の中に描くかである。ファンタジックではあるが、決してファンタジーではない。コーエン兄弟は巧みにフィクションにノンフィクションを絡めているが、30年代の時代性を再現しつつも、ストーリー的にはリアリズムには走っていないのである。そこが「どこか不思議」な雰囲気を盛り上げるのだ。
時を急ぐ話であるのに、まったく急いでいる雰囲気がしないところも良く、ストーリーの起伏にムラがなく、すべてのエピソードが同じ比重で描かれ、ほのぼのと心地よい雰囲気が持続している。登場人物は皆憎めない人たちばかり。主人公3人は小汚い悪党なのに、そのバカ正直ぶりは最高におかしく、愛着を覚える。だからこの映画を見て不快になったという人はいないと思うのである。
そうと気づかせないミュージカル映画
ところで、これはミュージカル映画である。あまりにも歌が自然にドラマと溶け込んでいるので、そうと気づかない人もいるかもしれないが、そうと気づかせないほど見事に歌が映像にはまっているのである。コーエン兄弟は以前から音楽のセンスに手腕を発揮していた監督で、「未来は今」ではクラシック、「ビッグ・リボウスキ」ではロック音楽を効果的に映像にかぶせていた。「オー・ブラザー!」ではカントリーやブルースなどといったアメリカのルーツ・ミュージックが、美しい自然の風景をバックに歌われ、心を和ませる。ナッシュビルの歌手たちも実際に映画の中に出演し、30年代の歌を披露。録り下ろしなので高音質。どれも憎らしいほどに名曲揃い。僕の大好きな「ユー・アー・マイ・サンシャイン」も歌われて俄然やる気が出た。面白いのは、主人公3人の歌った歌が、彼らが知らない間にバカ売れし、いつの間にか「正体不明の売れっ子スター」になってしまうこと。見ているこっちまでうれしい気分にさせる。この映画の3分の1は音楽で成り立っているといってもいいが、音楽だけでもこれほど面白いのは大したものである。
これは、思っていた以上に社会的なドラマでもある。ラストはダムを建造して幕を閉じる。ダムを建造すると、どの家庭にも電気が届くようになる。電気が使えるようになれば、放送メディアが普及する。放送メディアが普及すると、世界の距離が近くなる。州知事選やクークラックスクランなど、閉鎖的なものを描きながら、最後には世界がひとつになることを予感させて終わるのである。
単純に家族連れで楽しめるミュージカルにして、最後はきっちりとメッセージを残す。コーエン兄弟らしい、本当に深みのある名作であった。
▲ちょっと色あせた映像がすこぶる美しい。ストーリーと、楽しい音楽と、俳優の個性と、この美しい映像。名作の条件はすべて揃っている。
2001年製作 アメリカ
製作・監督・脚本:ジョエル&イーサン・コーエン
原作:ホメロス「オデュッセイア」
撮影:ロジャー・ディーキンス
出演:ジョージ・クルーニー、ティム・ブレイク・ネルソン、ジョン・タトゥーロ、ホリー・ハンター、チャールズ・ダニング
このコーナーにまだ記憶に新しいこの作品を紹介するのはどうかとも思ったが、今更ながら、僕はこれは後世に残る名作だと思うのである。コーエン兄弟はプレストン・スタージェスの傑作「サリヴァンの旅」の中に出てくる架空の映画企画「オー・ブラザー」を自分たちで映画化した。スタージェスは戦争のせいもあって、日本ではほとんど馴染みがない監督であるが、アメリカでは30年代最も有名な監督だった。30年代のアメリカは不況のまっただ中。この時代を舞台にした、ほのぼのロードムービーである。スタージェスらしいウィットの利いた内容になっていることに注目したい。
コーエン兄弟は並外れたユーモア・センスを持つ娯楽メーカーである。しかし、彼らの映画はスカッと一気に見せるような豪快なものではなく、どちらかというとゆっくりと噛むほどに深い味わいがあるタイプの方だ。爆笑よりはクスクス。そのさりげなさがコーエン兄弟を賞賛すべきところであり、スタージェスにも通じるところである。
「ファーゴ」にしても、それがただの犯罪映画に終わらないのは、コーエン兄弟の映画全体に漂う「どこか不思議」な雰囲気が、みているうちに、じわりじわりと観客を引き込ませるからである。コーエン兄弟の映画の肝はそこにある。映像の空気だけで観客を魅了できる監督は近年では希な存在だと思うが、その点で考えるなら「オー・ブラザー!」はコーエン兄弟の映画の中でも特に優れた作品ということになる。「未来は今」や「ビッグ・リボウスキ」は、多少夢想的になりすぎた感もあるが、「オー・ブラザー!」はさりげなく、最後までどこか不思議なユーモアが保たれている。たとえば、「悪魔に魂を売った」気でいる黒人のブルース・ギタリストが登場するなど、いかにして非現実的なものを現実の中に描くかである。ファンタジックではあるが、決してファンタジーではない。コーエン兄弟は巧みにフィクションにノンフィクションを絡めているが、30年代の時代性を再現しつつも、ストーリー的にはリアリズムには走っていないのである。そこが「どこか不思議」な雰囲気を盛り上げるのだ。
時を急ぐ話であるのに、まったく急いでいる雰囲気がしないところも良く、ストーリーの起伏にムラがなく、すべてのエピソードが同じ比重で描かれ、ほのぼのと心地よい雰囲気が持続している。登場人物は皆憎めない人たちばかり。主人公3人は小汚い悪党なのに、そのバカ正直ぶりは最高におかしく、愛着を覚える。だからこの映画を見て不快になったという人はいないと思うのである。
そうと気づかせないミュージカル映画
ところで、これはミュージカル映画である。あまりにも歌が自然にドラマと溶け込んでいるので、そうと気づかない人もいるかもしれないが、そうと気づかせないほど見事に歌が映像にはまっているのである。コーエン兄弟は以前から音楽のセンスに手腕を発揮していた監督で、「未来は今」ではクラシック、「ビッグ・リボウスキ」ではロック音楽を効果的に映像にかぶせていた。「オー・ブラザー!」ではカントリーやブルースなどといったアメリカのルーツ・ミュージックが、美しい自然の風景をバックに歌われ、心を和ませる。ナッシュビルの歌手たちも実際に映画の中に出演し、30年代の歌を披露。録り下ろしなので高音質。どれも憎らしいほどに名曲揃い。僕の大好きな「ユー・アー・マイ・サンシャイン」も歌われて俄然やる気が出た。面白いのは、主人公3人の歌った歌が、彼らが知らない間にバカ売れし、いつの間にか「正体不明の売れっ子スター」になってしまうこと。見ているこっちまでうれしい気分にさせる。この映画の3分の1は音楽で成り立っているといってもいいが、音楽だけでもこれほど面白いのは大したものである。
これは、思っていた以上に社会的なドラマでもある。ラストはダムを建造して幕を閉じる。ダムを建造すると、どの家庭にも電気が届くようになる。電気が使えるようになれば、放送メディアが普及する。放送メディアが普及すると、世界の距離が近くなる。州知事選やクークラックスクランなど、閉鎖的なものを描きながら、最後には世界がひとつになることを予感させて終わるのである。
単純に家族連れで楽しめるミュージカルにして、最後はきっちりとメッセージを残す。コーエン兄弟らしい、本当に深みのある名作であった。
▲ちょっと色あせた映像がすこぶる美しい。ストーリーと、楽しい音楽と、俳優の個性と、この美しい映像。名作の条件はすべて揃っている。
2001年製作 アメリカ
製作・監督・脚本:ジョエル&イーサン・コーエン
原作:ホメロス「オデュッセイア」
撮影:ロジャー・ディーキンス
出演:ジョージ・クルーニー、ティム・ブレイク・ネルソン、ジョン・タトゥーロ、ホリー・ハンター、チャールズ・ダニング