アスファルト・ジャングル (名作一本)

これはまぎれもなく犯罪映画の最高傑作だ
 ジョン・ヒューストンは、僕がフランク・キャプラやロバート・ワイズと同じくらい敬愛してやまない監督で、「アスファルト・ジャングル」は「黄金」と共に僕の最も好きな作品である。「黄金」はとにかくストーリーがよくできた作品で、シェイクスピア的といえる話術だけでも十分に説得力のある映画であったが、それとは対照的に「アスファルト・ジャングル」は全編フォルムにこだわったダークな映像美で見せ、そのタッチがたまらなかった。無名スターの寄せ集めでこれほどまでの傑作をたたき出したことを考慮すれば、「アスファルト・ジャングル」はただものではない映画だった。一般的に「ゴッドファーザー」の人気は高いが、僕なら「ゴッドファーザー」よりも様式的な「アスファルト・ジャングル」を選ぶ。どんよりと静かな映画ではあるが、これほどまでに<映像的躍動>を感じた映画はなかったからだ。その意味では「アスファルト・ジャングル」は「市民ケーン」や「暗黒街の顔役」と並ぶ大傑作だと断言する。
 先日「アスファルト・ジャングル」のDVDが発売され、僕は喜んで予約購入したが、その映像を見て本気で驚いた。なんたるクリアな映像か。今まではビデオテープでしか見たことがなかったが、VHSでは映像がぼやけて、この映画の本来の持ち味が半分も活かせていなかったことに気づかされたと同時に、DVDというものが本当にバカにできないテクノロジーだと実感させられた。この映画は黒の映像が圧倒的容積を占めているが、DVDでは登場人物たちの表情が暗闇の中からくっきりと浮かび上がっているので、本来の緊張感がよみがえっている。また、競馬ノミ屋が悪徳刑事にリンチされるシーンでは、飛び散る汗までも鮮明に写しだしている。一度見た映画とはいえ、DVDで見直したときには、あたかも初めて見ているような心地になり、至福の時を過ごせた。

映像のバランス、キャラクターのバランス
 この映画の最も褒めるべきところは「映像のバランス」と「キャラクターのバランス」、この2点だ。
 まず映像だが、構図の基本は斜めからのローアングルである。また、肩なめショットも多く使われており、フィルムノワールらしく、フレーム内一場面に複数の登場人物達の表情を同時に映しだしている。光と影のバランスが絶妙で、照明は正確な位置にあてられており、ギャング達のシックな衣装が、黒い背景と完璧なコントラストを作り上げている。役者達はあまり動かないが、どのショットも少しもピンボケしてないことから、ヒューストンはおそらく最初から全てのシーンの構図を慎重に決めていたことが推測できる。タバコの煙があがると、黒い空間の中に白いモヤができ、それだけでもアーティスティックな絵になっている。スモークの巨匠エイゼンシュテインのダイナミック・カッティングを、ヒューストンは実にさりげなく静かにやってみせたのである。室内の装飾もあまり飾らず、映るのは天井ばかりで、作品の非情さがよく表れているが、この美術を担当したのはかの有名なセドリック・ギボンズである。
 この映画は、まったく違う世界を生きる6人の小悪党たちが宝石泥棒を企てる話である。映画は最初から最後まで悪党たちの視点で描かれ、観客は悪党達の気持ちになって映画を見せられることになる。この6人の個性が実に豊かである。田舎もののマッチョ、偉そうな振りをしている弁護士、自分の容姿に悩む運転手、家族を愛する金庫破り、大金を見るとオドオドするノミ屋、そして冷静沈着で頭の良いドイツ人。この他にも警察署長や悪徳刑事など、主要登場人物は総勢11人になる。タバコを吸うしぐさは一人一人違うし、誰もが人間くささを持ち、印象深い表情を見せる。一人一人の役割の比重は奇跡的バランスで、性格描写は見事の一言。実に愛らしいキャラクターたちである。
 おそらく、この映画のハイライトといえるシークエンスは、弁護士がドイツ人を裏切るところだが、4人の悪党達のにらみ合いの極度なクロースアップが、一触即発の異様な緊張感を醸し出しており、このキャスティングだからできた映像だといえる。なお、ドイツ人役のサム・ジャッフェはこれでベネチア映画祭の最優秀男優賞を受賞している。

ビッグスターの出演するフィルムノワール
 もうひとつ忘れてならないのはまだ無名だったマリリン・モンローが出演していること。初々しく、華奢(きゃしゃ)なモンローの演技は、思わず独占してしまいたくなるほどセクシャラスである。ただでさえ面白いのに、さらにモンローがその後スターになったことで、「アスファルト・ジャングル」は「ビッグスターの出演するフィルムノワール」となり、その作品的価値は10倍以上膨れあがったといってよい。ちなみにモンローは、自分のプロダクションを設立してから、後々のインタビューで「一番好きな映画は何か?」と訊かれて「アスファルト・ジャングル」と即答している。モンロー本人にとってもこれは重要な作品だったわけだが、その真偽は、ぜひあなたの目で確かめてもらいたい。
 「黄金」にはカメラワークはなかったが、「アスファルト・ジャングル」にはある。ヒューストンはストーリーの監督だといわれたが、「アスファルト・ジャングル」では形式主義的な顔も見せ、目覚ましい成功を収めた。「アスファルト・ジャングル」はストーリー的にもフォルム的にも、まったくといって非の打ち所がない、まさに映画史上屈指の名作である。
 


▲圧倒的な黒の世界。これがフィルムノワールである。ギボンズの美術は絶品だ。


▲部屋に立ちこめるタバコの煙が構図のアクセントとなる。人物の配置も完璧だ。


▲照明は正確にあてられている。リアリティを重視するなら真っ暗にするのが正しいが、これは第一に様式を優先している。


▲フィルムノワールのギャングはなぜか小粋だ。葉巻の持ち方に注目。


▲ローアングルと肩なめショットが基本スタイルである。映像は決してピンボケしない。


「アスファルト・ジャングル」DVD

1950年製作 アメリカ MGM
監督・脚本:ジョン・ヒューストン
原作:W・R・バーネット
撮影:ハロルド・ロッソン
音楽:ミクロス・ローザ
出演:スターリング・ヘイドン

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