恋人たちの曲/悲愴 (名作一本)

1972年イギリス映画
監督:ケン・ラッセル
音楽:ピョートル・チャイコフスキー

出演:
リチャード・チェンバレン
グレンダ・ジャクソン


 世界的に有名なロシアの作曲家チャイコフスキーの半生を描いた伝記映画です。
 監督はケン・ラッセルです。ラッセルは幻惑的な演出スタイルで知られるイギリスの奇才です。この監督がチャイコフスキーの半生をふつうに描出するはずがありません。

 チャイコフスキーの映画といえば、2年前に本家ロシアで「チャイコフスキー」という作品が作られたばかりだったのですが、愛国精神まるだしのあちらと違い、こちらの「恋人たちの曲」は異常ともいえる内容でした。かつてこれほど残酷な伝記映画があったでしょうか? 主演のリチャード・チェンバレンも喉が切れるほど悲痛な叫び声をあげて、凄まじい熱演です。

 ケン・ラッセルが目をつけたのは、チャイコフスキーのダークサイドです。チャイコフスキーが精神を病んでいたということや、ホモセクシュアルであったということは割と知られていることですが、ケン・ラッセルはそれを実に面白く解釈して描いています。チャイコフスキーが幻覚を見るシーンなど、鳥肌が立ってしまうほど恐ろしい演出でした。チャイコフスキーの死については、病死説、自殺説など様々な説がありましたが、これもラッセルの手にかかって鬼気迫るものに仕上がっています。本作は伝記映画なのにやたらとスリリングなのです。

 もちろん、劇中に使用されている音楽のほとんどはチャイコフスキーの楽曲です。開巻の「組曲第二番ハ長調」からハリのきいた演出が見られ、音と映像の調和にかけては絶品ですが、ときおりチャイコフスキーの曲にとんでもない映像が重ねられることがあり、その大胆な発想には開いた口がふさがりません。これはミュージック・ビデオ畑にも影響を与えたのではないかと考えていいかもしれません。名曲「悲愴」「1812年」がまさかあのような形で料理されてしまうとは、誰も考えつかなかったでしょう。あまりにも描写が強烈すぎるため、R指定となり、アメリカでは「ナンセンスな作品」と悪評を受けてしまいました。

 ケン・ラッセルは本作発表後も、しばらく音楽から興味が離れなかったようで、2年後にはマーラーの伝記映画「マーラー」、それからまた1年後にロックオペラ「トミー」を作っています。

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