欲望 (名作一本)

Blowup

<イギリス/1966年/サスペンス>
監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
原作:ジュリオ・コルタザール/脚本:トニーノ・グエッラ
撮影:カルロ・ディ・パルマ/音楽:ハービー・ハンコック
出演:デビッド・ヘミングス、バネッサ・レッドグレーブ、サラ・マイルズ

 この映画はファッション面において評価すべき作品かもしれない。ストーリーも素晴らしいが、それ以上に映像やスタイルのセンスに刺激される。これは、そういう「感覚」を楽しむ映画のお手本といいたい。

1.色彩
 まず第一に色彩。60年代風のややサイケデリックな色彩感覚で、コントラストが生きており、写真スタジオ・セットのシーンは雑誌のグラビアを見ているようで、とてもファッショナブル。監督はイタリア人で役者はイギリス人だが、どことなくフランス映画の香りも漂う。この色彩の中に女優バネッサ・レッドグレーブがなんと美しく見えることか。

2.情欲
 ここでのレッドグレーブは、他の作品のレッドグレーブとは路線が違っていて、かなりセクシー。目も口も色っぽいが、特に美しい髪に魅力を感じる。主人公の若いカメラマンは、公園で彼女が情事しているところを盗み撮りするが、彼女はそのネガフィルムと交換に、自分のヌード写真を撮影させようとする。ここまでのプロセスを追ったカメラワークは、女優が服を着ているのに性的興奮を与える。

3.空間美
 主人公の写真スタジオには次から次へと若い志願モデルがやってくる。モデルたちは色んな格好をして、色んなポーズでパチリ。本来ならスチール写真で見るものを、映像で見せられるのはとても興味深いが、セットが凝っているので、これがかなりアーティスティックである。フレームの中の空間の構図に刺激があるため、ストーリーがなくても、セットとモデルを見ているだけでも面白い。またこのときの、パシャパシャ写真を撮りまくる主人公の、はたから見れば恥ずかしいくらいの高揚感も雰囲気を盛り上げている。クロースアップの使い方は絶妙だが、全体的にカメラワークは見事なもので、平凡なシーンでも普通の構図は無視して、敢えて「写真」的な構図を意識している。ただ主人公が車を運転しているだけのシーンでも映像は実に斬新である。
 それと、色々なオブジェがカメラの目前に配置され、物語に不思議な味を持たせるこのテクニックは、インディーズ・ムービーばりの意欲が感じられる。

4.沈黙
 この映画の最も優れたシーンは、引き伸ばしのシーンである。原題の「BLOWUP」は「引き伸ばし」を意味する。
 盗撮した写真のネガを現像し、引き延ばしてみるのだが、セリフはまったくなく、沈黙の中にじっくりと見せていく。静かなシークェンスであるが、構図が斬新なため、刺激に溢れている。やがて主人公は写真を見ていて、何なおかしな点に気付く。しかしどこがおかしいのかわからず、謎・謎・謎。主人公は写真をどんどん引き伸ばしていき、じっくりと写真を見つめなおすのだが、この様子がまたうまい。効果音も音楽もなく、その静けさはサスペンスフルだ。ようやく主人公は大きな事件を撮影してしまったことを知るのだが、わずか数枚の写真の地味な引き伸ばしの映像だけで、その事件をドラマティックに動的に表現するアントニオーニ監督の演出力には脱帽である。(僕はこの映画に影響されて引き伸ばし機を購入してしまった)

5.不条理
 この物語は多少アバンギャルドな一面を持っている。
 なぜか巨大なプロペラを購入する主人公。プロペラにどんな意味がこめられているのかは僕はわからないが、恐らく映像的アクセントが欲しかったからではないか。白い部屋に無造作に置かれたプロペラは画的にユニークである。
 他にも、ギターをぶっ壊すだけの、物語においては必要のないようなシーンもあるが、これは主人公の気分転換の心理描写なのだろうが、こうも度を超えたシーンにしてしまうのも興味深い。
 「欲望」はすぐれた感性の映画であるが、不条理なラストシーンは、その醍醐味を更に強固にしているだろう。主人公の前にピエロのような集団が現れて、どうしてかボールなしのテニスを始める。カメラは沈黙の中にまじまじと彼らの姿を見つめる。そして最後の最後に、主人公はなぜか画面からふっと消えてしまうのだ。何と幻影的ラストか。ここに込められた意味は僕にはわからないが、第六感に訴えかける感動がある。

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