サイコ (名作一本)

Psycho

<アメリカ/1960年/黒白/ホラー>
製作・監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:ジャネット・リー、アンソニー・パーキンス、ベラ・マイルズ

   「これは最初から見るべき映画です」

 そう言ったヒッチコックは、上映が始まってから30分後には絶対客を入れないという異例の興行スタイルを取り、CMも話題を呼び、彼の作品としては最高の売上げを記録した。

 これは技術面・売上げ面・芸術面・娯楽面の全てにおいて、ホラー映画の最高作と称してよい大傑作である。

●テレビ映画を見習って
 ヒッチコックは「ヒッチコック劇場」のおかげで、テレビ映画のスピーディな撮影技術を覚えた。そして低予算であっという間に「サイコ」を撮りあげた。時間をかけたのは一週間も費やしたシャワー室のシーンだけだった。
 フィルムは久しぶりにモノクロを選んだが、キャメラの見せる恐怖は”映画”ならではのものである。テレビのような気軽さで、とことん映画らしい映画を簡単にこしらえるとは、ヒッチコックはまさに天才である。


●丹念に観客の気をひく演出が施されている
 人々は「サイコ」を見たときほどショックを受けたことはないだろう。あの唐突な展開や、予期せぬ出来事は、脚本がよければ成せるという技ではない。ヒッチコック監督は常に撮影に気を配っていた。彼には大作を撮ろうという願望はまるでなく、「こうすれば面白いだろう」というあくまで観客の気持ちに立った心理描写に気を遣っていた。
 オープニングの情事のシーンから素晴らしい。敢えて時刻を表示させて、会社の休み時間に密会して情事をしていることを仄めかし、ブラジャーを着けたままという設定が、性欲をかきたてさせる。こういう隠された性的シンボルもヒッチコック映画の醍醐味のひとつである。主演のジャネット・リーは当時は大スターであったが、ヒッチコックは彼女の裸体を不安感の中に色っぽく捉えた。
 やがて彼女は会社の大金を盗み、逃走を図る。この時の描き方がまた丹念である。警察官が近寄ってきて、彼女をじろじろと見回す。彼女は犯罪者だが、なぜかこちらも緊張感を味わって、金が見つからないかとドキドキさせられるものだ。
 こういう観客の気を引く仕掛けが、この映画にはいくつも用意されている。


●殺しは美しくなくてはいけない
 この映画のシャワー室のシーンもまた素晴らしい。恐らく映画史上最も有名な殺しのシーンであろう。あらゆる角度から何十ショットも撮影して、それを効果的に繋げて、ナイフの刺さる感触が伝わってくるような恐ろしい映像を作り出している。
 もうひとつ、階段から転落していくシーンもあるが、これは殺される前から圧巻で、俯瞰ショットによる気の引き具合と、スクリーンプロセスを駆使したのけぞるような転落描写は、ただものではない緊張感が衝撃へとつながり、見事である。
 ヒッチコックだからできた、名場面である。

(第16号 「名作一本」掲載)

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