殺人狂時代 (名作一本)

Monsieur Verdoux
★★★★★
<アメリカ/1947年/120分/黒白/コメディ>
製作・監督・脚本・出演・音楽:チャールズ・チャップリン
原作:オーソン・ウェルズ
撮影:ローランド・トザロー
出演:マーサ・レイ、マリリン・ナッシュ

ストーリーのネタばらしはしていませんが、作風のネタばらしはしています。
●チャップリンのブラック・コメディ
 この作品は、チャップリンが珍しくチョビ髭で出演しない作品である。チャップリンの映画の舞台となる場所は一般的にイギリスの貧民街かアメリカが多かったが、今回はフランスの都会に舞台を移し、がらりと趣向を変えて、洒落たスタイルに身を包んで登場する。しかもこの作品はロマンチック・コメディではなく、殺人のコメディである。サスペンス映画はこの時代は最盛期で珍しくなかったが、それをコメディに仕立て上げたチャップリンはやはり凄い。殺人の映画でありながら、殺しのシーンが全くなく、それでいて緊張感がある中に何ともいえないおかしさと皮肉がミックスされ、これこそチャップリン映画の神髄といえる。チャップリン自身、自伝に「この作品が自分の最高傑作だ」と書いているくらいである。
 

●キネマ旬報ベスト・テン第1位
 この作品が日本で公開された1952年、日本の洋画事情は相当な盛り上がりを見せていた。この年日本で公開された洋画の中には、歴代観客動員数トップの「風と共に去りぬ」、最も知名度の高いフランス映画「天井桟敷の人々」、昨年イギリス映画のナンバー1に選ばれた「第三の男」、ミュージカル映画の最高傑作といわれる「巴里のアメリカ人」などもあり、まさに巨匠たちの名作の目白押しだった。その中で、キネマ旬報ベスト・テンに輝いたのは、なんと「殺人狂時代」であった。この映画がいかに強烈なインパクトだったのか、その結果だけでも想像できる。著名な映画評論家であるアンドレ・バザンも、この作品を「市民ケーン」と共に最高の映画だと評していた。
 

●ストーリー
 長年勤めていた銀行を首になった中年の紳士が、次に始めた事業は殺人だった。中年女性に言い寄って結婚しては、預金を下ろさせ、殺す。その紳士はそのお金で本当の家族を養う。その紳士にとって殺人は仕事でしかない。
 

●各地で上映禁止の憂き目に見舞われた
 「一人殺せば犯罪者で、百万人だと英雄です」 名台詞であるが、この作品に託されたメッセージは、その台詞からもわかるように、戦争批判である。チャップリンは映画史において最も社会的な作家だったと思うが、この映画の場合、あまりにも逆説がすぎたため、誤解も多く、各地で上映禁止の憂き目に見舞われた。そしてチャップリンは、この映画を最後にアメリカを追放されることになる。
 

●なぜこの映画は凄いのか
 チャップリンはよく映画評論家に「チャップリンの映画にはカメラ・スタイルが存在しない」と言われることがある。チャップリンの映画はカメラの前で動く俳優の趣味とアクションに重点があるからである。しかしそうだろうか。この映画を見てみると、実に凝ったカメラワークと、編集が施されているのだ。例えば、主人公の紳士がフランス中をかけまわる多忙ぶりを、列車の車輪のクロースアップと、エッフェル塔のカットだけで表現したシーン。この巧妙な描写力は特筆に値する。また、そういう編集面だけでなく、この作品はシナリオ・衣装・音楽・その他、何もかもが完璧であった。時代を超越した内容であり、今なお廃れることはない。この映画は映画史において最高傑作のひとつであるはずなのに、これが今では「市民ケーン」や「第三の男」などと違って地味な位置にあるのが非常に残念である。再評価されるべきなのだが。
(第1号 「名作一本」掲載)

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