テルミン (B級映画ラボ)
世界でもっとも怖い楽器?
模範的ドキュメンタリーの傑作。スティーブン・マーティン監督は、ある日、テルミンという楽器の存在を知り、そのあまりの奇想天外さに驚き、その感動をそのまま映画にした。「記録にしたら面白いだろう」という発想から始まったからこそ、これは観客の好奇心をくすぐる内容になったのだ。
テルミンとは、ロシアの科学者テルミン博士が考え出した世界最初の電子楽器である。「ファンタジア」や「オーケストラの少女」などに出演したクラシック界の異端児ともいえる指揮者ストコフスキーは自分の楽団にテルミンを導入したこともある。ロバート・モーグ博士は、この楽器に魅せられて論文を執筆。その経験を土台にしてシンセサイザーを発明したという。そういう意味でもテルミンは大変貴重な楽器である。
この楽器を演奏している様子は、ちょっと信じられない光景で、それだけでもまるで未知の体験だ。これは、なんと何も触れずして音を奏でるのである。仕組みは、本体に取り付けてあるアンテナに手を近づけたり離したりすることで、電波の波形が微妙に変化し、音を発するというもの。打楽器、木管楽器、金管楽器、弦楽器に続く、第5の楽器ともいえる。
アメリカで話題になり、普及していくが、不気味な音なので、ホラー映画のBGMなどで使われることが多かった。あのアルフレッド・ヒッチコック、ビリー・ワイルダー、ロバート・ワイズといった巨匠たちもテルミンの音を自作の音楽に使用し、精神錯乱や、身の毛のよだつ恐怖を表現しようとした。この映画の予告(右写真)が50年代のホラー映画と同じタッチを真似ているのも、テルミンの奇抜さを強調したかったからだろう。本編の方はこのやりすぎといえる予告編からの第一印象を良い意味で裏切り、とても切ないヒューマン映画になっている。
この映画ではクララ・ロックモアという世界一のテルミン奏者が出演している。テルミンが発明されたのはこの映画が出来る60年も前のこと。さすがのクララも今ではシワシワのおばあちゃんである。しかし、年老いながらも、感情を込めてテルミンを演奏している姿は感動をよぶ。そこに、テルミン博士の若い頃の映像が映し出され、クララにバースデーケーキをプレゼントする映像が映る。クララがケーキのそばに近づくとケーキ台がゆっくりと回転を始める。ドキュメンタリーだからこそ愛らしい映像である。
テルミンが、どのような場所で使われていたのか、そこのドキュメントも興味深い。とくにロック史上最高傑作といわれるビーチ・ボーイズの「グッド・ヴァイブレーション」にテルミンが使われていたのが意外である。後々から思えば、レッド・ツェッペリンもライブで使ったことがあるし、ユーライア・ヒープの「スウィート・ロレイン」などからもテルミンぽいヘヴィなサウンドが聞こえてくる。思っていたよりもロック・シーンの様々なところで使われていた楽器であることに気づかされる。
この映画が成功した最大の決め手は、テルミン博士を観客に故人と勘違いさせることである。前半にはテルミン博士は登場せず、テルミン博士の若かりし頃の映像や写真しか映さない。大昔の話である。クララでさえあんなに年老いているのだし、テルミン博士はとっくに死んだものと観客は最初勘違いするだろう。実際テルミン博士の人生は悲惨なものであった。ロシアに強制送還させられ、ずっとアメリカには戻ることはなく、労働を強いられ、亡くなったものとされていた。ところが、テルミン博士は今も生きていたのだ。
この映画の後半からはテルミン博士が登場する。だいぶ老いてしまったが、90代半ばのご老台なので無理もない。60年ぶりにアメリカの大地を踏みしめ、アメリカの夜景をじっと見詰める老テルミン博士の表情は、涙なしには見られない(僕はここでチャールズ・チャップリンのアカデミー賞授賞式を思い出した)。クララと60年ぶりに再開するところも感慨深い。すっかり年を取った二人が無邪気に会話している。クララが写真を自慢するも、テルミン博士がガラガラの声で「メガネを忘れてきたんだよ」といい、クララは「お茶でも飲みながら、積もる話をしましょうよ」と答える。とても微笑ましい映像である。60年という長い空白を考えると、やはり劇映画にはない感動を覚える。
いわばこの映画も「雪解け」を描いた映画ということになる。テルミン博士は、この映画が初公開された翌日に亡くなったが、この映画の公開には、大変満足していたに違いない。
Theremin : An Electronic Odyssey(電子の旅)
製作年:1993年
製作国:アメリカ
監督:スティーブン・M・マーティン
出演:クララ・ロックモア
上映時間:81分
「テルミン」DVD
テルミンを使った有名な映画
「白い恐怖」(米・サスペンス・45年)
「地球の静止する日」 (米・SF・51年)
「紐育ウロチョロ族」(米・コメディ・57年)
※テルミンは現在も4・5万円くらいで買うことができます。音楽好きのあなた。1台いかがでしょうか?
模範的ドキュメンタリーの傑作。スティーブン・マーティン監督は、ある日、テルミンという楽器の存在を知り、そのあまりの奇想天外さに驚き、その感動をそのまま映画にした。「記録にしたら面白いだろう」という発想から始まったからこそ、これは観客の好奇心をくすぐる内容になったのだ。
テルミンとは、ロシアの科学者テルミン博士が考え出した世界最初の電子楽器である。「ファンタジア」や「オーケストラの少女」などに出演したクラシック界の異端児ともいえる指揮者ストコフスキーは自分の楽団にテルミンを導入したこともある。ロバート・モーグ博士は、この楽器に魅せられて論文を執筆。その経験を土台にしてシンセサイザーを発明したという。そういう意味でもテルミンは大変貴重な楽器である。
この楽器を演奏している様子は、ちょっと信じられない光景で、それだけでもまるで未知の体験だ。これは、なんと何も触れずして音を奏でるのである。仕組みは、本体に取り付けてあるアンテナに手を近づけたり離したりすることで、電波の波形が微妙に変化し、音を発するというもの。打楽器、木管楽器、金管楽器、弦楽器に続く、第5の楽器ともいえる。
アメリカで話題になり、普及していくが、不気味な音なので、ホラー映画のBGMなどで使われることが多かった。あのアルフレッド・ヒッチコック、ビリー・ワイルダー、ロバート・ワイズといった巨匠たちもテルミンの音を自作の音楽に使用し、精神錯乱や、身の毛のよだつ恐怖を表現しようとした。この映画の予告(右写真)が50年代のホラー映画と同じタッチを真似ているのも、テルミンの奇抜さを強調したかったからだろう。本編の方はこのやりすぎといえる予告編からの第一印象を良い意味で裏切り、とても切ないヒューマン映画になっている。
この映画ではクララ・ロックモアという世界一のテルミン奏者が出演している。テルミンが発明されたのはこの映画が出来る60年も前のこと。さすがのクララも今ではシワシワのおばあちゃんである。しかし、年老いながらも、感情を込めてテルミンを演奏している姿は感動をよぶ。そこに、テルミン博士の若い頃の映像が映し出され、クララにバースデーケーキをプレゼントする映像が映る。クララがケーキのそばに近づくとケーキ台がゆっくりと回転を始める。ドキュメンタリーだからこそ愛らしい映像である。
テルミンが、どのような場所で使われていたのか、そこのドキュメントも興味深い。とくにロック史上最高傑作といわれるビーチ・ボーイズの「グッド・ヴァイブレーション」にテルミンが使われていたのが意外である。後々から思えば、レッド・ツェッペリンもライブで使ったことがあるし、ユーライア・ヒープの「スウィート・ロレイン」などからもテルミンぽいヘヴィなサウンドが聞こえてくる。思っていたよりもロック・シーンの様々なところで使われていた楽器であることに気づかされる。
この映画が成功した最大の決め手は、テルミン博士を観客に故人と勘違いさせることである。前半にはテルミン博士は登場せず、テルミン博士の若かりし頃の映像や写真しか映さない。大昔の話である。クララでさえあんなに年老いているのだし、テルミン博士はとっくに死んだものと観客は最初勘違いするだろう。実際テルミン博士の人生は悲惨なものであった。ロシアに強制送還させられ、ずっとアメリカには戻ることはなく、労働を強いられ、亡くなったものとされていた。ところが、テルミン博士は今も生きていたのだ。
この映画の後半からはテルミン博士が登場する。だいぶ老いてしまったが、90代半ばのご老台なので無理もない。60年ぶりにアメリカの大地を踏みしめ、アメリカの夜景をじっと見詰める老テルミン博士の表情は、涙なしには見られない(僕はここでチャールズ・チャップリンのアカデミー賞授賞式を思い出した)。クララと60年ぶりに再開するところも感慨深い。すっかり年を取った二人が無邪気に会話している。クララが写真を自慢するも、テルミン博士がガラガラの声で「メガネを忘れてきたんだよ」といい、クララは「お茶でも飲みながら、積もる話をしましょうよ」と答える。とても微笑ましい映像である。60年という長い空白を考えると、やはり劇映画にはない感動を覚える。
いわばこの映画も「雪解け」を描いた映画ということになる。テルミン博士は、この映画が初公開された翌日に亡くなったが、この映画の公開には、大変満足していたに違いない。
Theremin : An Electronic Odyssey(電子の旅)
製作年:1993年
製作国:アメリカ
監督:スティーブン・M・マーティン
出演:クララ・ロックモア
上映時間:81分
「テルミン」DVD
テルミンを使った有名な映画
「白い恐怖」(米・サスペンス・45年)
「地球の静止する日」 (米・SF・51年)
「紐育ウロチョロ族」(米・コメディ・57年)
※テルミンは現在も4・5万円くらいで買うことができます。音楽好きのあなた。1台いかがでしょうか?