100年前のクラシック映画から映画史を読み解く


ドイツ時代のラングとムルナウ (コラム)

ドイツ時代のラングとムルナウ

 有楽町の朝日ホールで2005年9月に開催されていた映画祭「ドイツ時代のラングとムルナウ」について。
 上映作品は「メトロポリス」「吸血鬼ノスフェラトゥ」など、サイレント時代の作品に限定。ピアノとバイオリンの生演奏によるBGM付きのものと、伴奏無しの完全サイレントの2種類を上映。全部で13作品だった。「ドクトル・マブゼ」と「ニーベルンゲン」ではなんと2本分の料金(最大4400円!)をとられてしまうブルジョア向けの映画祭であった。

 フリッツ・ラングもF・W・ムルナウも好きな監督だし、滅多なことじゃ見られない二大ドイツ監督のサイレント時代のレアな作品をまとめて見ることができる機会はそうないだろうということで、喜んで見に行った。欲を言えばエルンスト・ルビッチの映画も上映してもらいたかったが、これだけの作品をスクリーンで見られただけでも良い経験だったろう。

 ムルナウの作品も悪くはなかったが、この映画祭を通じて、やっぱりラングは偉大だと思った。ラングは自分が表現主義者と言われることを嫌っていたというが、やはりラングは表現主義の監督だと再確認した。「メトロポリス」の幻覚的なシーンなど、それこそ表現主義である。
 今回の映画祭での一番の掘り出し物は「月世界の女」(1929年)だった。この一大傑作を今まで知らなかったのが恥ずかしい。「メトロポリス」以上にSFらしい世界で、「2001年宇宙の旅」と比べても遜色あるまい。ドイツ映画というのは、1コマの写真だけを切り離して見ても見応えがあるものだが、「月世界の女」の世界観は20年代の映画とは思えないほど、空想的な表現形式で、1コマ1コマの絵に興奮させられた。恐らく映画では初めて無重力状態が表現された映画であろうし、カウントダウンからロケット打ち上げまでこれほど重厚に描いた作品もなかったはずだ。今となるとレトロな感じがするが、科学考察はいかにもホンモノっぽくユニークで、当時は画期的だったに違いない。

 「スピオーネ」も見応えがあった。ラングにとってはトーキー初期の「M」やアメリカ時代の「暗黒街の弾痕」とならぶ犯罪映画である。しっかり丹念にストーリーが練りこまれていて、さながら大河ドラマのような壮大なミステリー映画であった。

 ラングやムルナウとは無関係の話になるが、今回の映画祭で一番印象に残ったのはピアノとバイオリンの演奏である。ピアノとバイオリンの生の音がこんなに美しく、表現力豊かなものだったとは思わなかった。映像にあわせて効果音的な演奏も見事にこなしていたし、ピアノだけでも喜びや悲しみ、興奮状態など、さまざまな人間感情とシチュエーションを表現していた。音も分厚く、マイクなしでも会場全体に美しい音色が響き渡っていた。「ファウスト」のラスト・シーンについては映画の内容よりも演奏の方に感動したくらいだし、観客の拍手喝采はいつまでもなりやまなかった。こんなに素晴らしいライブを映画をみる料金で享受できたのは儲けものだった。

 ちなみに、映画祭では知人ともばったり会った。こういう趣味的なイベントでは、同じような趣味を持つ人と会っても不思議ではない。しかしなんと狭い世界だろうか。とはいえ、フリッツ・ラングのネームバリューだけで会場は満員になったのだし、同じ趣味の人たちがひとつの場所にこれだけ集まったことを考えれば、大した映画祭だった。

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