100年前のクラシック映画から映画史を読み解く


本音の本音-素人の映画批評 (コラム)

本音の本音-素人の映画批評



 数ヶ月前から色々な映画雑誌を黙々と読んでいるが、正直なところ、どの雑誌もあまり面白いと思わなかった。手応えのある雑誌もあるにはあるのだが、こんなホームページを作ってる僕が偉そうに言えた柄ではないけれど、たいていの雑誌は「こんな程度?」と思ってしまったのである。
 どうして雑誌の中身が薄っぺらなのか、僕は考えてみたが、おそらくその答えは、「自分の金で映画を見ていないから」だと思うのである。雑誌のライターたちは、記事を書いてギャラをもらう。新作については、マスコミ向けの試写で公開前にとっくに見ているのが当たり前だ。ライターたちは、一般人よりも2ヶ月以上早く映画を見るわけだから、言ってみれば一般人と感動を共有できない立場にある。新作の映画紹介記事は、都合上悪く書くわけにはいかない。観客の楽しみを膨らませるような記事にするのが約束事である。映画評論のコーナーでさえ、良いように繕(つくろ)っているように見えてしまう。
 僕も去年くらいから、配給会社から頼まれて映画を紹介する機会が増えてきたが、試写室でタダで見させてもらった以上、小心者の僕は気に入らなかった映画でも悪く書くわけにはいかず、できた文章は体裁ばかりで、個性のない薄っぺらな内容になってしまうことがある。その時僕はいつも「自分のお金で見てこそ書けることがある」と思うのである。頼まれて書くことは思いの外むずかしいのである。
 今は亡き映画評論家の淀川長治氏は「毒舌」がセールスポイントだったが、それなのにテレビ映画の解説を任されることになるとは不本意だったろう。視聴率を稼ぐため、映画の悪口は御法度(ごはっと)。おそらく淀川氏は、注目されたいという自尊心と、本心を語りたいという自尊心の板ばさみに悩まされたのに違いない。雑誌のライターたちにしても、自分の記事が活字になる優越感と、すすめたくもない映画をすすめなければならないジレンマは、誰しも少なからず抱いているであろう。


 そこで注目されるのが、インターネットで映画評論文を公開している獅子たちである。インターネット上ではプロもアマも土俵は同じ。しかし、プロは拘束された組織の中で記事を書かなければならないが、アマは好き勝手に書いている。アマは自分でお金を払って見ているので、書くことも本音の本音だ。一般人の立場から書いているので、一般人の共感も得ることができる。
 皆さんもご存じかと思うが、有名な映画のサイトで「JTNEWS」というサイトがある。これはたぶん現在日本一良くできた映画サイトではないだろうか。同サイト管理人のTAKAMINEさんは、23歳でサイトを立ち上げ、わずか数年でそれを日本で最も巨大な映画コミュニティ・サイトへと発展させた。同サイトのコンテンツ「みんなのシネマ・レビュー」では、サイレント映画から、今話題の新作映画まで、ありとあらゆる映画が取り上げられ(本数は日々増殖中)、大勢の人たちの意見が掲載されている。ネットならではのインタラクティブなページで、驚異的情報量である。ついには本まで出版するに至ったのだから脱帽だが、これがたしかに理屈抜きに面白いのである。色々な人の意見が一度に読めるし、素人の感想は非常に率直で、勢いを感じさせる。推敲してないので、ライヴのような活気がある。少し読み始めると、ついつい長時間読み続けてしまう。
 他にも「Amazon」のカスタマーレビューも素人なりの工夫があって読み応えがある。映画ライターが書くようなレビューよりも、こういう素人のレビューの方がよっぽど参考になるのではないか? これもやはりレビュアーが自分のお金で映画を見ている点が大きいだろう。
 映画を公平に評価するなら、プロのライターたちも自分のお金で映画館に見に行くのがスジなのだろうが、しかしそれでは雑誌の記事が成り立たない。ライターたちのジレンマは今後も消えることはないだろう。

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