100年前のクラシック映画から映画史を読み解く


チャップリンの企画倒れ (コラム)

チャップリンの企画倒れ

 チャップリンは世界一の映画作家である。だから未完成に終わってしまった作品のことについて考えると、「惜しいなあ」と思うのである。

 色々な企画が生まれては無くなっていったのだが、中でも1919年に撮った2巻ものの短編「教授」は惜しい。「教授」はチャップリンがあのチョビ髭の浮浪者スタイルから脱皮しようと試みた作品で、22年には公開の準備もできていたが、会社との契約のごたごたで企画そのものがなくなってしまった。浮浪者とはまったく違うクセの強い扮装で登場し、ノミのサーカスをやるというものだが、結局ボツになってしまった。しかしこれは何年か前にチャップリンの未公開映像特集ビデオ「知られざるチャップリン」で再編集されて、完成品のイメージに近いものが見られるようになった。未公開に終わるのは残念なほどよくできた作品であった。

 チャップリンがずっと温めていた企画に「ナポレオン」がある。これは共演者も決まっていた。チャップリンの関連書を見てみると、ナポレオンの扮装をした写真がいくつか見られる。「ナポレオン」を諦めた原因はアベル・ガンスという監督が先に作ってしまったからだといわれている。チャップリンがナポレオンをどう料理するのか、気になるところだが、彼が作る歴史劇、ぜひとも見たかった。ちなみにスタンリー・キューブリックも「ナポレオン」を作るつもりだったというのだが、映画界でもとりわけ完璧主義者だと言われたこの二人の監督がどちらとも「ナポレオン」の映画化に失敗していることは興味深い。

 「影と実体」という小説の映画化の話もあった。どうやら宗教的な作品のようである。「独裁者」に続いて発表するつもりだったのだが、これが実現していれば、チャップリンにしては唯一の脚色ものになっていた。映画化権もちゃんと買い取っていたし、脚本もほぼ完成していた。主演女優も決まっていたが、この女優とのスキャンダルが原因で撮影は中止になる。

 オーソン・ウェルズの映画に出演する話もあった。チャップリン自身も、たまには他人から演出を受けてみたかったので、その気でいたという。ところがウェルズの映画の話を聞いているうちに、コメディ映画の案を思いつき、もうウェルズの映画どころではなくなった。そして生まれたのが「殺人狂時代」だった。チャップリンがヨーデルに殺人を邪魔されるシーンがあるが、あのヨーデルはウェルズのアイデアだという。

 チャップリンの映画製作の意気込みは晩年も絶えなかったようで、「伯爵夫人」の後、「フリーク」というミュージカル映画を作るつもりだった。これも出演者が決まっていたらしく、音楽も完成していた。きっと美しい映画になったことだろう。うーん、見たかった。

 このほか、グレタ・ガルボを主演に撮る企画などもあったというから、考えただけでも惜しくてたまらないのである。チャップリンは作った長編映画の本数は少ないが、もっといっぱい映画を発表していたら、もっともっと尊敬されていただろう。
 でも「ナポレオン」を撮っていたら「独裁者」は作らなかったかもしれないし、「影と実体」を撮っていたら「殺人狂時代」はなかっただろう。現状に満足しようではないか。

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