100年前のクラシック映画から映画史を読み解く


どんな映画でも見ることを誇りに思おう (コラム)

 

 アクションでもコメディでもドキュメンタリーでも、映画なら何でも見る。映画だけでなく、CMや漫画やゲームなど、あらゆるものに興味を持つ。それが僕のポリシーである。そういうポリシーがあるから、どんな作品を見るにしても、ちっとも恥ずかしいとは思わない。「ドラえもん」みたいな子供向けのアニメ、「エマニエル夫人」みたいな色気系の作品、「赤毛のアン」みたいな女性映画、「悪魔のいけにえ」みたいな下手物ホラーなど、堂々と見に行こうじゃないか。

 なぜかこういう系統の作品を見ると、周りの人たちから、「え! 君ってそういう映画見るの!」と驚かれる。「ドラえもん」を見ている人をお子さま扱いし、エロ映画を見ている人をそういう男だと勘違いし、キャラクター映画を見ている人をオタク呼ばわりするのである。馬鹿にした連中がここでよくいう言葉が「俺はもう卒業した」。この言葉、ちょっとおかしくないか? 「卒業した」なんて言われたら、見ている人が程度が低いと言っているようにしか聞こえない。僕からしてみれば、こういう作品にも興味を持とうとする人の方が偉大に見えるし、馬鹿にした連中に「おまえはまだ入学できないのか」と言い返したくなる。

 とはいっても、僕も昔は「俺も卒業した」という人たちと同じ仲間だった。中学2年の頃、親に「ドラえもん」の映画を見に行きたいと言って、「もう中学生なんだから、そういう幼稚な漫画は見るな」と言われたことがあった。中学3年になってからは「ドラえもん」は突然見なくなったし、まだ見ている奴を幼稚な奴だと見下すようになった。「ドラえもん」を見なくなったことで自分が大人になったのだと思っていた。
 でも、高校を卒業してから、ずいぶんとその見方も変わった。今は「ドラえもん」は大好きだ。大人向け漫画もそうだが、子供向け漫画の良さは、大人になって初めて気付くものだと思った。「ドラえもん」も「天才バカボン」も大人になってからますます面白くなった。

 映画なら何でも見るという僕のポリシーの出発点はここにある。僕は自分がこの年になっても「ドラえもん」を見ることを誇りに思う。読者の皆さんもそうだろう? (アンケートでは映画館に一人で行くという人がダントツだったので)  「ドラえもん」を見ている人を馬鹿にする人は、鑑賞眼がない人だろうし、まだまだケツが青い。僕らはそこのところを誇りにしているからこそ、映画館にも堂々と行けるのである。映画館に一人で行く人を軽蔑する奴らは、どうせ出演者がみんな同じ顔に見えてしまうような輩に決まってる。好きに言わせておくか。

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