100年前のクラシック映画から映画史を読み解く


映画は演劇とは違う (コラム)

 

 前々回、映画と小説の違いについて書いたが、今度は映画と演劇の違いについて書きたくなった。舞台劇やミュージカルが映画化される機会がなくなってきた今日では、ほとんどの人が、小説と演劇とでは小説の方がはるかに映画に近いと思っているだろう。それは確かにそうなのだが(僕もその意見には賛成だし)、ただし演劇には「役者が演技をしてストーリーを形にする」という、映画と比較的近い共通点を有していることも忘れてはならないだろう。

 役者にとっては、映画と演劇は大変近いものに見えるだろう。舞台俳優が映画に挑戦することもあれば、映画俳優が芝居に挑戦することもある。舞台・映画・テレビと何でもこなすマルチアクターが山ほどいるのはこのためだと思える。
 ここですかさず名優エセル・バリモアの言葉を引用させてもらう。
「基本的には舞台と映画はピアノとバイオリンくらい大きな違いがあります。普通には両方の大家になることはできません」
 これは正論だ。つまり映画と演劇を比較することは馬鹿らしいことなのだが、あえて比較してみるとこれが非常に面白い。

 「映画俳優と舞台俳優、難しいのはどっちだ?」という議論はよくある。これには答えを出せるはずがないのだが、ほとんどの人が「そりゃこっちが難しいに決まってるよ」と断言してしまうから興味深い。映画関係者は「映画が難しい」といい、芝居をやっている人たちは「舞台が難しい」という。両者負けじともっともな理由をつけてくるが、「映画俳優は何度も撮り直しができるし、撮影が一度済めば終わりだから気が楽」、「舞台俳優はナマで演技をしなければならないから大変」、「舞台俳優は表情が見えないので、型だけのオーバーアクトでも様になるから易しい」、「映画俳優は場面をバラバラに撮影しなければならないから演技しにくい」というのがよくある意見である。最後の意見は名匠ビリー・ワイルダーの発言だ。
 僕は人前に出るのが苦手なので、個人的には舞台俳優にはなりたくない、かな。だいたい本番で体調が悪いと駄目だし、何度も演技しなければいけないのもつらいと思う。

 話は変わるが、僕は先週、とある舞踊劇を見た。あまり面白い劇ではなかったが、「演劇」という芸術を知る上では貴重な体験であった。僕が痛感したのは、とにかく「映画」と「演劇」がまるで別物の芸術だとわかったこと。観客はよもやこれを見ていて映画の「え」の字すら浮かばなかっただろう。
 かつて映画は演劇をお手本にして発展した。演劇は映画の大先輩で、映画が生まれる何百年も前から演劇はあった。しかし時代はここまで「演劇」と「映画」を切り離したか。演劇はとことん演劇化し、映画はとことん映画化していった。表現技法が進化し、お互いに真似できないものとなった。

 映画と演劇の違いは多すぎる。ここでそれをひとつひとつ述べていたら、膨大な文章量になってしまうので、大まかなところだけ比較させてもらおう。
 一番大きな違いは、映画は絵画・写真と同じく平面の芸術であるが、演劇は建築・塑像のように立体の芸術ということである。演劇にはカメラワークも構図もない。演劇では観客の目線そのものがカメラワークであり、構図を決めるのは観客自身だ。いってみれば観客はどこを見てもよく、舞台照明が当てられてないところを見ることだって可能である(照明は映画で言えばフレームのようなものだが、映画の場合はフレームの外側を決して見ることが出来ない)。

 演劇の場合、一発勝負のライブなのだから、セットは使いやすいように随分と簡略化される。昔から演劇は、リアルさを追求するより、シンボル的なセットで作品の格調を高めていた。小道具のいっさいをパントマイムで表現することもあれば、大津波を役者が演じることもある。町を表現するときセットが電信柱一本だけということもある。お月様はライトで表現。黒子が舞台に登場しても意識しないのはお約束。この黒子という存在が僕は不思議で不思議で仕方がなかった。こういう具合に明らかに作り物・偽物でしかない世界が、映画の表現技法にはない面白さだと言える。
 映画と演劇は思っている以上に愛称が悪い。映画っぽい舞台劇や、演劇っぽい映画は、大抵が失敗に終わっている。ベルイマンも「魔笛」という実に演劇的な映画を作っているが、あまり出来の良い作品とは言えなかった。映画で、役者に津波を演じさせたり、黒子を登場させたりするのはお門違いもいいところだ。
 演劇をそのまま映画に変換することは決してできない。つまり、演劇をそのまま撮影しても、映像作品はできない。ミュージカルだからといって、踊っているところをじっと撮影すればいいわけではない。明らかに演劇と映画は異なるのだから、映像化しようと思ったら、セットからカメラワークからがらりとスタイルを変える必要がある。「CATS」のビデオ版は、特撮シーンなども盛り込んで、珍しく映画的な演出を試みた演劇であるが、これも所詮は演劇の枠から出られなかった。

 おっと、気が付けば、だいぶ長くなってしまった。まとまりのない文章になってしまって申し訳ないが、いやはやそれにしても切りのない話題であった。皆さんも映画と演劇の違いについて、色々と考えてみてはどうですか? 映画以外の芸術に触れることは、映画芸術にもっと触れることと同じ意味なのです。


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