100年前のクラシック映画から映画史を読み解く


ついに「シベリア超特急」を見てしまった (コラム)

 

 今日は芸大の友達と一緒にビデオ鑑賞した。見た作品は「シベリア超特急」。ついに僕もこの問題作を見てしまった。悪酔いして頭がかなり痛くなっていたのだが、これを見てますます頭痛が・・・。

 この映画は、金曜ロードショーの顔だった水野晴郎が製作・監督・脚本・主演した映画である。あまりにも出来が悪いらしく、ちまたでもちょいと話題になっていた。この映画を見てない人でさえ、駄作の代名詞に「シベリア超特急」を使っているほどである。
 僕も色々なところでこの映画の噂を聞いていたので、いったいどれほどつまらないものなのか、前から気になって仕方がなかった。それで、今日実際に見てみて、この映画が本当にひどい内容だったことに驚いた。これはあらゆる意味で衝撃であった。

 今まで僕らはいい映画ばかりを見てきた(駄作は輸入されないから)。この映画では、これまで見えなかったものが見えてくる。こう撮っては駄目、こう繋げては駄目、こう見せては駄目。学ぶべきことは多い。どうして面白くないのかを考えることは、いい映画はどうやって作るのかを考えるのと同じくらい興味深い。駄作も積極的に見るべきだということがわかる。

 とてもショックなのが、水野晴郎当人は大傑作を作った気でいるということ。人一倍映画を見ているわけだから、他人よりは映画を見る目は肥えているはずなのに、この有様はなんだろう。
 どのシーンも「凄い映画を撮ってやるぞ」という熱意が伝わってくるのだが、それなのにすべてのシーンが不発。シリアスなシーンであるはずの演出でさえ、おかしくて笑ってしまう。理不尽なプロットで推理を次々と解明していくところなど、まったく説得力がない。
 一番ひどいのは水野晴郎の演技。いつものテレビの水野晴郎と何も変わっていない。言葉で言い表せない奇跡的なクサさ。友達に見せたくなるほど史上最低の演技。ラストの決めぜりふには思わず噴き出してしまった。わざわざせりふに英語の字幕までつけて、世界進出しようとたくらんでいるところが、かえって哀れに見えて仕方がない。水野晴郎は自分で自作を見て、面白くないと思わなかったのだろうか? これはエド・ウッド以来の悲劇だ。僕は、もし自分が監督しても、このような作品になるのではないかと怖くなってしまった。

 水野晴郎はまだこりずに続編を作り続けている。構想はかなり大きいらしい。もはやカルト・ムーヴィーになってきて、コレクターたちを熱くさせている。
 まあ、できの善し悪しは関係ないとして、こういう企画を自分の力でプロデュースして作ってしまったところは、尊敬すべきことではあるのだが・・・・でもやっぱりつまらん。

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