100年前のクラシック映画から映画史を読み解く


ディレクターズ・カットについてのあれこれ (コラム)

 

 ちょっと前から「ディレクターズ・カット版」や「完全版」なるものが流行っているようだ。
 最初のきっかけは「ブレードランナー」が受けたことだと思うけど、今となっては「アビス」や「レオン」のように発表後すぐに新バージョンが公開されるパターンもある。
 「ディレクターズ・カット版」というのは、いわゆる監督が編集したバージョンである。「完全版」はそれと似ているが、カットされた未公開シーンを付け足したもので、こちらに関しては監督は絡んでいないようだ。

 普通、ハリウッドでは監督は編集室に入ってはいけない規則がある。監督が編集してしまうと、長い映画になってしまうからである。監督は自分が苦心して撮ったシーンに愛着があるし、自分の主張もあるだろうから、独りよがりな作りになってしまいがちである。

 ダイナミックなバイオレンス・カットに定評のあるサム・ペキンパーは、「撮影したらそれで終わり。あとはエディターの仕事だ」と言っているし、名匠ジョン・フォードも自分の作品がどう編集されても良いように天性の勘で演出していたという。
 映画芸術の醍醐味は編集だとはいえ、本当は、監督は編集すべきではないのかもしれない。ハリウッド映画の場合、監督が一番偉いわけではなくて、色々なスタッフたちが協力して一本の作品に仕上がる。だから、ハリウッド映画は監督のアイデンティティに欠けると言われることがあるが、現にハリウッド映画は面白いわけだし、僕としては、ハリウッド映画こそ映画芸術の頂点だと思っている。

 ディレクターズ・カット版を見て、面白いと思ったことがあるか? 僕は「エイリアン2」、「ターミネーター2」、「アビス」のディレクターズ・カット版を見たが、失望したものである。キャメロン監督は大好きだが、前に発表した作品をまた手直しして発表するのはどうかと思う。「アビス」なんかは、絶妙なカット間隔が好きだったのに、新バージョンの方では、その間隔がだらだらと長くなっていて、台無しだった。

 僕は別に「監督が編集するな」といっているわけではない。つまらないと思うのは、一度公開した映画を、もう一度手直しして公開することだ。
 ディレクターズ・カット版の弱みは、その映画を一度見ていることである。一度見た映画を、別の作り方でまた見ても、一回目見たときの感動は生まれないのだし、どうしてもオリジナル版と新版を比較しながら見てしまいがちである。作品を楽しむ目的が違ってきているのだ。だから、面白いとは思えない。

 最近は「エクソシスト」のように古い作品までディレクターズ・カット版の餌食になってしまった。幸い僕らの世代の人間は劇場で見たことがないので、興味津々で見られたのだが、僕としては封印していたシーンは加えずに、オリジナルそのままの状態でリバイバル公開して欲しかった。

 作家主義を取るか、作品主義を取るか、迷うところだが、僕にとってはそれは問題ではない。僕が評価するのは、最初のバージョンだけである。

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