100年前のクラシック映画から映画史を読み解く


インターネットについてのあれこれ (コラム)

 

 昔から思っていることだけど、モノを創るってことは楽しいね。誰だって図工の時間が大好きだったろうし、誰だって絵を描いたり、本を書いたりするのが楽しかったはずだ。

 インターネットが普及してからは、名もない人でも、自分の作品を日本全国の人に容易く見てもらえるようになった。小説も、絵も、自分の写真までも!

 ホームページなんて星の数ほどあるけど、やっぱり個人サイトの数は企業のサイトよりも多いんじゃないか?(知らんけどね) インターネットのちょっと前のキャッチコピーは、確か「個展を開くのが夢だったけど、夢って叶うものなんだ」って感じの奴だったような気がする。
 今まではノートに書いていただけで誰にも見てもらえなかった小説が、ホームページ上では、赤の他人から見てもらえる上に、掲示板では直接感想を書いてもらえるのだから、こりゃもうハマってしまうよね。最近は誰だってホームページで自己アピールしている。だからこそ、個人サイトは熱いんだ。

 個人サイトでは自分が管理人だ。自分が編集長だ。だから自分のやりたいことを、誰からも指図されずに自由気ままに表現することができる。
 でも企業のサイトはどうだろう。何かしら自由のきかないイメージがした。ライターが面白いこと考えても、それが上のお偉いさんの好みとマッチしなければ、内容を書き換えられてしまうかもしれない。自分が一番気に入っているところをボツにされて、ダサイ文章に書き直されてしまうのは、ライターからしてみれば、余り楽しくはないだろう。もっとも、ライターは生きていくことで必死な貧乏民族である。何も言えないだろう。それゆえ企業サイトの内容はなかなか発展しない。
 企業のホームページを見ていると、そこら辺がどうしてか見る者にも伝わってきて、センスを感じない。見た目は個人サイトよりも洗練されているようだけど、形式だけで中身がない。客に受けるようなページを作ろうと工夫しているのだが、その犠牲に趣味的楽しさが薄れてはいないか? もちろん中には素晴らしいページもあるけどね。

 僕はここでふと、映画も同じだなあ、なんて思ったのである。ハリウッドの映画と、自主映画を見比べてみると、そりゃハリウッドは莫大な金を注ぎ込んでて、映像も派手で、凄いけど、それなのに、これが不思議なことに低予算の自主映画の方が魅力的に見えたりする。
 自主映画にはハリウッド映画にはない活気があるのだ。自主映画を作っている人たちは何か燃えている。決して金儲けのためには撮っていないし、自分の撮りたい映画を撮ろうとする熱意が見る者にもぷんぷん伝わってくる。ハリウッド映画なんて商業映画なんだから、監督のアイデンティティも糞もないってよく言われるけど、自主映画と比べてみたら、それがたまに頷けてしまうんだよね。タイトルだけを比べてみても両者は個性が違うし。
 それにしてもハリウッド映画の邦題は陳腐だ。自主映画のような「どうだぁ」っていうインパクトに欠けるね。

 とまあこんなこと書いたけど、こんなの書く暇があるんだったら、僕も自主制作に取りかからないとね。ホームページで自分の趣味はたっぷりと自慢できてるわけだしさ。

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