大岡俊彦監督インタビュー

『いけちゃんとぼく』大岡俊彦監督インタビュー

6月20日(土)より全国ロードショーされる『いけちゃんとぼく』は、<絶対泣ける本>第1位に選ばれた西原理恵子原作の絵本を実写で完全映画化した感動のドラマである。フルCGで描かれたいけちゃんの声を蒼井優が担当し、子役の実力派・深澤嵐が主演を務める他、ともさかりえ、萩原聖人、モト冬樹が出演している。公開を前に、このほど大岡俊彦監督がインタビューに応じた。

--今年はサイバライヤーと言われていますが、このことについて監督はどう思っていますか?

「もう録音してるの? やばいなあ(笑)。じゃあ、あんまり本音言わない方がいいね(笑)。俺は25年来の西原ファンなので、『まあじゃんほうろうき』から『ちくろ幼稚園』から、その辺の初期作品から、『鳥頭紀行』やら『恨ミシュラン』の中期作品やら『ぼくんち』やら、最近の色んなメディアに出てるものまで凄い時間の間ファンをやってるので、ようやくこの時が来たなと思いました。すごく喜ばしいことじゃないですか」

--それだけのファンなら、監督することになったのはすごく光栄なことですよね。

「光栄というか、俺は逆にそれを汚したりしてないかとかの方が不安でした。映画の評判はなかなか良いようなので安心してます」

--どういう経緯で監督することになったのですか?

「これ、言ってもいいのかな。某会社で『毎日かあさん』の実写映画化の企画をやってたんですよ。3・4年ぐらい前にやってたけど、それがぽしゃって、次に『上京ものがたり』と『女の子ものがたり』を一本の作品にした”女の子上京ものがたり”という企画もやってたんですけど、それもぽしゃって(笑)。そのときその会社にいたプロデューサーが角川映画で何か原作ものをやろうという流れになって、「この絵本売れてるらしいぞ」、「俺西原さん詳しい監督知ってるよ」みたいな感じになって俺にお声がかかり、「じゃ、何か書いてみる?」と言われて、「じゃ、俺脚本書きます」といって書いたら「いいんじゃない。これ」となった流れですかね」

--それまでCMをやっていたんですね?

「CMデビューして、今年で10年目。ワンクールドラマもやって、深夜U局にも関わらずアツイファンがいっぱいついてくれて」

--CMと映画、これからも両方続けていくんですか?

「もちろん。そうじゃないと食べていけないような気がするので。どっちも面白いですよ。CMは短い一発勝負の世界じゃないですか。どっちかというと小ネタ集の笑いをやるのに対して、映画は長い時間、まあ短距離走とマラソンみたいなもんですね」

--子役に演出するとき何か気を付けたこととかあります?

「常に役名で呼んであげる。例えば、主演の深澤嵐くんは嵐と呼ばないんですよ。絶対俺はヨシオと呼ぶんです。特に演技のできない大人の人にもよくやるんですけど、「君は鈴木さんじゃないです。君はヨシオという人なのです」と、すべてのスタッフの指示はそうするんですよ。「ヨシオ、もうちょっと右いって」とか、「ヨシオ、出番まだ」とか、それはカメラが回ってないときも、晩飯一緒に食いにいくときも「ヨシオ、お前どこなの?」とかね。その役として40日間暮らしてもらうことを特に意識してましたね」

--子役の皆さんは特に緊張とかしなかったですか?

「オーディションで見てるので、そもそもオーディションで緊張するような子は選ばないです。俺が子役を選ぶ条件は、俺と友達になれるかどうか。「お前どうなの?」といったらしゃしゃっと受け答えができる奴。逆に「よろしくお願いします!」みたいなのだと、現場が終わるころになってもまだ馴染めなかったりするんで。自分が馴染めそうだなと思った人が大概良い役をしてたりします」

--撮影中子供たちと一緒に遊んだりしました?

「まったく(笑)。一緒に風呂入ったくらいかな。ホテルに大浴場があったんで、男子はみんなうわーってやってました。ま、飯食ったりもしましたけどね。カレー食ったり」

--蒼井優さんを起用した理由は?

「芝居が上手なので、前からすごい好きだったんですよ。あの人のすごいところは自分が消えるところなんです。蒼井優という殻の中にいるのではなくて、蒼井優という殻をぶちやぶって、蒼井優じゃないものになれるところ。とくに今回は声だけなので、蒼井優が演じていることを忘れている人も割といて、ということはちゃんと役として演じているということじゃないのかな」

--僕は映画を見ていて、詩みたいだなって思ったのですが、監督は原作のどこに惹かれたのですか?

「詩みたいなところじゃないですかね(笑)。原作はもっと詩みたいな感じなんですよ。お話は有って無きようなものなんです」

--この感覚は、なかなか体感したことのない感覚でした。

「もっと詩みたいな映画は他にいっぱいあるんじゃないかな(笑)。そこのバランス取りが難しいんですよ。まったくワケのわからないまま2時間って難しいじゃないですか。普通の映画みたいに単なるお話だけだと原作の詩のいい部分を殺しちゃうので、そこをうまくバランス取るのが大変だった」

--この映画を見て僕が思った感想は、こんなに子供が殴られる映画を見たのは初めてだなと。

「ははは(大笑)! 今時あんなに露骨に殴んないんじゃないんですか。自分の世代よりもずっと前の世代のいじめですね。だから仲直りとかがしやすいんですよ。今の陰湿ないじめって仲直りとか不可能だと思うんです。人々が最近ぶつかりあうことを避けてる気がするので、それってつまんないから、人間関係を築く上ではなるべく直接ぶつかりあった方がいいという主張が若干あります。あと、単純に西原漫画というのはあんまり嘘をつかずストレートに物事を言う漫画なので、その味を殺さない方がいいなと思って」

--いけちゃんがフルCGで描かれていますが、CGに対して否定的な人もいると思います。監督はどう思っていますか?

「俺は割と否定派なんですよ(笑)。CG万歳!といういわけじゃないんです。ものすごく良いCGは良いと思うんですが、そこに到達できてないCGが山のようにあるじゃないですか。色んな話を聞くとね、それって結局時間がないんですって。時間が無限にあればできるといえば確かにそうなんですけど、結局与えられた時間の中でやりきるのはこれだけということなんです。特に日本映画は製作サイドがCGに対する理解があんまりないから「この期間でやってよ」という振り方をするんですけど、「ちょっとまってよ、そんなんじゃできないっすよ!」というのが結構あるらしいですね。『E.T.』は元々は人形なんですけど、今手に入る『E.T.』のDVDってCGでレタッチしてるじゃないですか。俺はそれが嫌いなんですよ。俺はなるべくアナログな手触りにしたかったので、元々いけちゃんを着ぐるみでやりたかったんですけど、この大きさに人間は入れないって話になって、じゃあCGか、みたいなことになったんです。現実的な問題もあるし、そもそもCGが嫌いというのもわかります。それに比べると俺は一応CMとかでCGを触っているので、これぐらいあればこんなものができるだろうという読みの中でやったので、今回に関してはお金と製作期間を聞けばびっくりするような、うまいことをやってる感じですかね」

--良いCGって、例えばどんな映画がありますか?

「他を頑張れば良くなったと最初に思ったのは『ワイルド・ワイルイド・ウエスト』かな。後半の多脚砲台が目茶苦茶かっこいいんですけど、その10分でCGの予算を全部使ったらしくて、それで他が駄目になっちゃった映画の例です。多分良いCGは、これCGだという風に気付いてないんですよね。あ、でも『フォレスト・ガンプ』は良かったです。だって足が無いように見せてた。あれは全然わかんなかった。象徴として描かれている羽根のCGもよくできてます。意味のあるCGは多少出来がやばくても何とかなるというのが俺の持論で、『フォレスト・ガンプ』の羽根とかよく見るとCGぽいんですけど、あれはちゃんと人生はどこに帰着するかわからないという意味を表現しているので見ていられるんですよね。色々な妖怪が出てくる映画とか、ああいう映画のCGには意味がないので、ああCGか、というがっかり感があるんじゃないですか」

--好きな映画のジャンルは何ですか?

「全部。いっぱいありすぎて。特撮は昔から好きです。大人になってからラブストーリーが好きになりました。男なのでアクションも好きです」

--最近の映画について思うことは?

「最近は長い映画が多いですね。『ダークナイト』とか途中で飽きちゃった。早く終わんないかなって。でも『スラムドッグ$ミリオネア』、あれは傑作ですね。あんな映画って年間に1本くらいしかないですね。俺が夢中で映画見てた中学の頃って、それはもう『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はあるわ『トップガン』はあるわ『ロッキー』はあるわ『プレデター』はあるわ、うっひょー!という状態だったので、今のハリウッドもそういう状態になって欲しいなあと思うんですけど、なかなかそうはならないですね」

--映画『女の子ものがたり』は見ましたか?

「見せてくれっていうのに見せてくれないんですよね〜。どうなんですか??」

--良かったですよ。

「なにぃーっ!!」

--でもあれは女の子の物語なので男の僕には理解しがたい部分がありました。

「そこが難しいんだよね。今観客は女しかいないって説があるからね。だって『ロッキー・ザ・ファイナル』はあんなにいい映画なのに、誰も人が入ってないんですよ。あれだけの傑作なのにだよ! 俺が六本木で見に行った回は5人くらいしかいなくてすげえ切なかった」

--よく映画館に行かれるんですか?

「今は映画館では年間20くらいが限界ですかね。助監督の頃は暇だったので年間50本から100本は見てたんですけど」

--純粋に映画ファンなんですね!

「純粋に映画ファンだし、純粋に漫画ファンだし、純粋に特撮ファンだし」

--学生時代から映画監督を目指していたのですか?

「漫画家を目指しているタイプでした(笑)。大概俺の世代はそうだと思うんだよ。俺等の頃の子供の将来の夢ナンバー1は漫画家でしたから。今は漫画家は上位じゃないでしょ」

--監督は脚本も書いていますが、今後も自分で脚本を書いていきたいですか?

「書けるものなら書きたいですけど、俺の脚本の才能って知れてるので、物凄い良い脚本があればそれもやるという経験もしてみたいという気がします。脚本家として俺は才能があるかっていうと、まあ普通ぐらいじゃないのというものなので、例えば『スラムドッグ$ミリオネア』、どうがんばったってあれは俺には書けない。思いつきもしないし、思いついたとしても取材もできないだろうし(笑)」

--この作品で個人的に目標にしてることとかありますか?

「えーと、俺の名前を見た初恋の人が俺に電話してくること(笑)・・・って、俺の電話番号知らないじゃん(大笑)! 実際、学生時代から8ミリの映画撮ってたんですよ。で、「俺はプロになる」っつって上京して、今年でもう何年だ?一回り以上経ってるので、まあそのころの仲間とか全く連絡先とかわからないんで、どっかで見てくれるとありがたいなあ」

--それはいい!全国公開されたら自慢できますね!

「自慢になるといいなあ。でもヒットしないとね。「こけたじゃーん」と言われるとね〜(笑)。なんとなく、もっと小さい映画でデビューするかなというイメージだったんですけど、「急に全国じゃん。どうしよう。やばいよ。大丈夫かな」みたいなのが結構あります(笑)」

--『女の子ものがたり』には勝てそうですか?

「こっちが勝ちたいなあ。全世代をターゲットにするんだったら、俺勝てると思うんですよね。ただ、わかんないんですよ。女子が今観客層として多いんで、男子は見に行くって言われても「えー、子供とオバケ? しかも恋って言ってるし、いいや〜」ってなっちゃったら来ない気がするんですよ。逆にDVDになったときにいっぱい男子が見る可能性はなくはないと思うんだけど」

--僕がいつも必ず聞いている質問がありまして、映画を作る上で大切なことは何だと思いますか?

「一番難しい質問だな。それはストーリーです。面白い話です。とにかく人が映画館に行くというのは、人気俳優を見にいくことではなく、主題歌を聴きにいくためでもなく、お金がかかっているところを見に行くことでもないと思うんですよ。「面白い話をやってるらしいよ」というのが一番だと思うんですよ。だから死ぬほど考えて作って、色んな事情でこれはできないあれはできないってなって、そこをばっさり削られて、じゃあこれはあるのかと書き直したり。その戦いは何のためにやってるかというと、やっぱり面白い話のためにやってると思うんです」

(2009/4/28 聞き手・撮影:澤田)

【大岡俊彦】
70年生まれ。大阪府出身。97年電通テック入社後、CMディレクターとしてデビューし、テレビドラマの監督・脚本も手がける。
CMの代表作は、おかっぱ頭の女の子が活躍する人気シリーズ「クレハ NEWクレラップ」、毎日新聞5人衆出演の「毎日新聞企業CM」、街中にシマウマを溢れさせた公共広告機構「一人にならない。一人にさせない篇」ほか。
03年メルボルン国際映画祭ファイナリスト、04年フジサンケイ広告賞グランプリなど、国内外での受賞歴も多い。『いけちゃんとぼく』は初の長編映画。

いけちゃんとぼく
(C)2009「いけちゃんとぼく」製作委員会
6月20日(土)より、角川シネマ新宿他にてロードショー