ベルイマン「叫びとささやき」を読む (フィルムロジック)


Lesson 12
ベルイマン「叫びとささやき」を読む

 今回の<フィルムロジック>はいつもと趣向を変えて、実際に映画を一本、じっくり研究してみることにした。ベルイマンの「叫びとささやき」をテキストとして使うことにするが、その理由は、とりわけベルイマンの映画が映画的な作り方をしており、映画の文法がわかりやすい形で提示されているからである。また彼の映画は作品を見ていない人でも写真を見ればある程度意味が掴めるので、エイゼンシュタインやヒッチコックの映画を引用するよりは、ベルイマンの方がテキストに最適であろうと考えた。ここでは、ストーリーがどうというより見せ方がどうかについて着目することにした。さあ、一緒に映画を読んでみよう。
スタッフ・キャスト・クレジット
VISKNINGAR OCH ROP/1972年/スウェーデン映画/上映時間91分
製作・監督・脚本:イングマール・ベルイマン/撮影:スヴェン・ニクヴィスト
出演:ハリエット・アンデルソン、イングリッド・チューリン、リヴ・ウルマン
アカデミー賞撮影賞受賞/カンヌ映画祭高等技術委員会賞受賞
映画の内容
 19世紀末、37歳のアグネスが子宮癌にさいなまれている。離ればなれに生活をしていた姉カーリンと妹マリアはアグネスを案じて彼女の邸に滞在中、若い女中のアンナと交替で看病をしている。やがて激しい叫びをあげながらアグネスは息絶え、カーリンとマリアは邸を去っていく。それまでに、この三人姉妹と女中の心の奥底を描いた回想シーンが次々と織り込まれる。
ベルイマンの赤い映像
この映画ではとにかく赤色が印象的である。それもどことなく残酷な赤色を思わせる。トランジッションも普通なら黒を使うところを、赤でやってみせた。セットも赤を基調としており壁も赤。クロースアップでは背景は真紅になる。
ベルイマンいわく
「女の魂の奥は真っ赤な色をしていると思っている。だから私はこの映画で赤色を使った。赤色で女性の心の中を描こうとした」
ベルイマンの色の変化と対比
 赤がとりわけ多く使われているが、これはベルイマンのいうように、女性の心の奥の表れである。左写真は、自らの性器にガラスの破片を差し込む映像だが、赤色の映像がこのときの女の気持ちをよりイメージ化させている。
 黒色と白色もアクセント的にところどころに飾られているが、黒は嫌悪感、白は壮絶な心の中に潜むやすらぎと解釈してもいいかもしれない。
ベルイマンのクロースアップの意味

 直接的な叫びの映像である。とにかく悲痛な叫びである。邸内の静寂を切り裂くその叫びは、本当に恐ろしく、見るも耐え難い。  沈黙してはいるが、心の中では叫び、悩んでいる。このカメラ目線のクロースアップは、女の孤独感を表現しているのだろう。  最後のアグネスの表情である。この深い表情は、いったい何を意味するのだろうか。ここはアグネスの顔の変化に注目してもらいたい。
ベルイマンの会話シーン

 音声:画面外の妹の声
 映像:話を聞いている姉の顔の表情  音声:妹の声
 映像:話しかけている妹の顔の表情  音声:音楽のみ
 映像:姉妹が優しく話し合う様子  
映画における会話シーンの見せ方は様々だが、ベルイマンの場合、他の監督がやるような肩なめショットよりも、もっと効果的なクロースアップを使い、その言葉は人物の心の内面にぶちあてられる。
左の写真では、喋っている人物の姿は画面内には入っていない。話をきく女の表情をじっと見つめ続けて、女の心の奥底を覗かせた。
真ん中の写真では、今度は喋っている人物の表情をじっと見つめ続ける。こちらからも女の心の奥底を覗くことができる。
変わっているのは右の写真である。喋っているのだが、声は消されている。かわりに、テーマ音楽が流れている。この映画では滅多に音楽は使われていないのだが、そのためここで使われた音楽のもつ意味も大きい。
この映画では、会話シーンの向こうでチクタクチクタクと時計の音が聞こえてくるところも興味深い。
ベルイマンの作り出す空間
 ベルイマンは回想シーンにかけては見事な手腕を発揮する。この映画では、病気のアグネスが、幼い頃母親の愛を素直に受け取れなかった様子が回想シーンとして描かれる。その後アグネスは苦痛の中、女中の豊満な胸にじかに寄りかかり、まるで子供のように甘える。女中もまるで母親のようにアグネスにキスをする。この感動がベルイマン映画である。ひとつ間違えばレズに見えてしまいかねない場面であるが、前の回想シーンがそれに深い感動を与えるのだ。2人は自分たちの世界に入り込んでいる。
閉じた空間から開けた空間へ

 この映画はとある邸を舞台にしており、ほとんどのシーンはこの邸の中で進められていく。登場人物も少なく、ゆっくりと、ただし厳しく物語はすすめられていく。
 この邸の映像がとても閉ざされた感じがするのである。赤づくしの壁などが、それをいっそう閉ざす(上写真)。
 ところがラストシーンでは、うってかわって戸外の映像(下写真)になり、画面は突然に明るくなる。三姉妹は真っ白の衣裳を着ていて、この鮮やかな美しさは、たとえようがないだろう。
 閉じた空間で女性の魂をひたすら残酷に描いた後、ラストのこの開けた空間への転換、実にうまい。

【最後にワンポイント】
 我々がベルイマンの静かな映像を真似してみても、恐らく大した効果は得られないだろう。ベルイマンの映像のすべては、登場人物の心理を弁えた上で成り立っているからである。



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