鏡を使った演出 (フィルムロジック)

Lesson 10
鏡を使った演出

 鏡というものは実に不思議なものである。僕は小さい頃、鏡の向こう側にもうひとつ別の世界があるような気がしてならなかった。だから小さい頃は鏡を使って色々遊んだものだ。三面鏡の鏡と鏡のつなぎ目に映る顔が左右反対にならないことは子供心には刺激があった。

 映画でも鏡はよく使われる。鏡を使って画面の構図を面白く見せる作家もいるし、鏡を特撮のトリックに使う人もいる(手品師もよく鏡使うでしょ)。ときに鏡は見る者に幻想的な印象を与えることもある。

「タクシードライバー」
監督:マーティン・スコセッシ 撮影:マイケル・チャップマン
 鏡はしばしば、主人公が自分の世界に入っている様子を描写する。「タクシードライバー」ではロバート・デニーロ扮するタクシー運転手が、暗殺計画のため、密かに個室で銃の練習をする。このとき、鏡を見ながら、自分を見るシーンがある。これは主人公が自分という人間について見つめている瞬間である。

「サーカス」
監督:チャールズ・チャップリン 撮影:ローランド・トザロー
 鏡をジョークのネタに使うものもいる。チャップリンの鏡を使ったギャグは、中でも抜群のセンスであった。左写真は、ミラーハウスに紛れこんでしまったチャーリーがあたふたするシーン。いやとにかく面白い。もともと動きが可笑しいのは知っての通りだが、この動きの全てに動機と順序があるから凄いのだ。チャップリンはまさに天才。

「市民ケーン」
監督:オーソン・ウェルズ 撮影:グレッグ・トーランド
 向かい合う二枚の鏡のうちの一枚をのぞき込むと、左写真のような映像ができあがる。鏡に映った空間が奥の方までずーっと永遠に広がっている。このシーンで、オーソン・ウェルズは果たして何人になったのだろう? ゆっくりと歩いているから、なお一層異様な映像に見える。こういう面白い映像があるから、「市民ケーン」は何度見ても飽きない。

「オルフェ」
監督:ジャン・コクトー 撮影:ニコラ・エイエ
 鏡そのものをモチーフにした映画もある。「オルフェ」は同系統の大古典。鏡の中から美女が出てきたり、主人公も鏡の世界に入ったりする。鏡の世界に入るときの映像は、何やら摩訶不思議な感じ。仕掛けは安っぽいが、詩的な印象が強いため、面白い。ところで左写真は鏡を使った構図。鏡を使うことで1カットで向かい合って会話している2人の人物の顔を同時に見ることができる。

「太陽がいっぱい」
監督:ルネ・クレマン 撮影:アンリ・ドカエ
 「太陽がいっぱい」では、アラン・ドロンの怪しい?演技が見られる。友達の服を着たドロンが、友達の真似をしながら鏡にキス。当時としては珍しくホモセクシュアルを予感させるシーンであった。アラン・ドロンはこの作品の成功で名を馳せた。

「八月の鯨」
監督:リンゼイ・アンダーソン 撮影:マイク・ファッシュ
 鏡を使った感動的なショット。主役のリリアン・ギッシュのおばあちゃんが、おじいちゃんと大切なお食事にそなえて、改めておめかしする。綺麗なお姉さんが鏡の前でめかし込む様子は映像的に面白いものだが、この映画の場合は綺麗とはほど遠いおばあちゃんがめかし込んでいるので、まるで印象が違う。カメラはしだいにズームインする。色々な意味で深い感動のあるショットだ。

「サンセット大通り」
監督:ビリー・ワイルダー 撮影:ジョン・F・サイツ
 主人公はストーリーの上では自分の顔を見ているのだが、映像の上では鏡に映っている顔はこちら側を向いている。これは役者に鏡に映ったカメラを見るように指示して撮影したものだ。この演出は、普通に撮った鏡のシーンよりも、やや主人公の主観に立った演出なのである。それにしてもグロリア・スワンソンの表情がおぞましかった。

「見知らぬ乗客」
監督:アルフレッド・ヒッチコック 撮影:ロバート・バークス
 反射するガラスを使ってもミラー・ショットは描ける。毎度ユニークな殺しのシーンを見せてくれるヒッチ先生だが、「見知らぬ乗客」では地面に落ちたメガネに犯罪場面を映しだした。極端なローアングルと、メガネの形から生じる歪み。決して動的な見せ方はしてないのに、何と見応えのある映像か。素晴らしい。
 鏡には怖いイメージもある。僕は子供の頃は夜中に鏡を見ることができなかった。こりゃホラー映画でも受けそうだね。



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