第9夜『ミスト』
もうどうにも救いようのない新感覚パニックホラー
(C)2007 The Weinstein Company.All rights reserved.
『ミスト』の作品情報
物凄い映画だ。新感覚のパニックホラー。この手の映画ではこれほど真に迫ったものはない。
僕の場合、映画は何も前知識無しに見るようにしているが、てっきり『グリーンマイル』みたいなものを想像していたので、いきなり不気味な触手が出てきたときにはびっくりした。クリーチャーデザインが素敵じゃないか。触手から針がいっぱい出てきて人の皮膚をバリッとひとはぎしたときには「フランク・ダラボン、ついにその路線で来たか!」と嬉しくなった。怪物が出てくるのが早いという意見もあるが、あまりひきすぎると後から「なんだ怪物映画かよ」とがっかりさせかねないので、こうして速やかに怪物映画とわからせておく手口は正解だったと僕は思う。
ストーリーについては、この救いようのなさは尋常ではない。これ以上無いってくらい最悪。しかも話が進むにつれて、事態は悪い方へ悪い方へとエスカレートし、とどまることを知らない。どこにいこうが地獄。「もう目茶苦茶だよ」とつっこみを入れたくなるほどどうしようもない。気が狂って当然。そんな恐怖のどん底のようなものをこの映画に見た。もう後はただ叫ぶしかないですな。
人の死に方がバラエティに富んでいて、同じ死に方が二つとなかったのが面白かった(こんなこと書くと不謹慎だけどね)。顔が二倍に膨れたり、背中から無数の蜘蛛が出て来たり、スプラッター映画顔負けのグロテスクな描写も多く、次から次へと訪れる「死に様」に圧倒された。
割と見せ掛けで怖がらせるシーンも多かったが、見せ掛けに頼っていないシーンにも見るべきものがあった。むしろ見せ掛けに頼っていないところが肝といえる。
僕は映画のムードを高めるために使われる「スモーク効果」が大好きだが、この映画ではスーパーマーケットの外は一寸先が見えない濃霧を演出していて、この雰囲気がたまらなく良い。まるで壁みたいに不気味な霧で、この映像だけでも見る価値あり。僕も一度実際に山の中で5メートル先が見えない濃霧につつまれた経験がある。身動きが取れず、決して良い気分はしなかった。この映画には、そんな不安感が全編に漂っている。何がそこにあるのか、そこで何が起きているのか、まったく想像もつかない。ただそこに漠然とした不安がある。スーパーマーケットという限られた空間と、一方でその外は、いったいどこまで霧が広がっているのかまったく見当もつかない未知の世界。有限と無限。どちらも得も知れない不安を感じずにはいられない。
立てこもった場所がスーパーマーケットというのがうまい。スーパーの在庫を使って、ドッグフードを土のうに、モップをたいまつにするギミックもなかなか面白い。また、赤の他人が成り行きでそこに集まっているので「群衆」としてひとくくりで描くことができ、なおかつ、店員、弁護士、軍人、教師、色々な役回りのキャラを配置してドラマをうまく盛り上げている。ヒロイン役が主人公の妻じゃなくて人妻という点も技アリだ。
人妻が護身用に持っていた小さな銃が彼らに託されたたった一つの武器という演出もおあつらえむきでニクイが、「車のトランクにショットガンがある」という設定も実に巧妙。ショットガンは結局日の目を見ないが「見えない小道具」としてサスペンスを引き立てていた。有るものを直接見せるのではなく有るものを見せずに描く。これぞ映画話術。
(C)2007 The Weinstein Company.All rights reserved.
本当の見せ場は部屋の外ではなく、部屋の中で繰り広げられる心理ドラマだったというのが監督の意図したテーマで、人間の本性をエグったエグい密室劇になっている。
一人だけわがままを言って霧の中に消えたおばさんなど、登場人物にやたらと憎たらしい人が多いことがこの映画最大の特徴である。宗教かぶれのおばちゃんときたら不愉快なんてもんじゃない。ムカムカして気分が悪くなってくる。人間はここまで怖くなるのか。映画を見てこれほどムナクソが悪くなったことはないので、その意味ではこれは大傑作といって良い。
「衝撃のラスト」というのがこの映画の売り文句だった様だが、何だかもったいない気がした。そこを期待して見た人たちが、「ラストが衝撃だったかそうでなかったか」と、そればかりを議論の的にしているからだ。プロセスが面白いこの映画。ラストの善し悪しはそれほど問題ではないはず。この売り文句がこの映画の評価を下げていたとしたのなら、もったいない話だ。(2008/5/12)