河童のクゥと夏休み

人の日常生活がよく観察されたアニメーション

河童のクゥと夏休み
『河童のクゥと夏休み』
販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント

 『クレヨンしんちゃん』の映画を見たとき、この監督、ただものではないと思った。原恵一監督はアニメプロダクション、シンエイ動画で『ドラえもん』などの演出を手掛けてきた職業監督。しかし彼の手掛ける映画は職業監督の域を遥かに超えている。既存のキャラクターを使ってあれほどの名作を作ってしまうのだから。

 原監督が初めて一作家として作った映画が『河童のクゥと夏休み』になる。原監督が20年間も映画化を夢見ていた企画であり、原作者の木暮正夫が公開直前に死去したこともあってか、意思のこもった大作になった。ストーリーは単純明快ながら内容は奥深く、今までに誰も見たこともなかったタイプのアニメである。公開されるや絶賛されて、各サイトの映画満足度ランキングの1位に選ばれ、数々の栄誉を受けることになった。

 僕はタイトルバックのすぐ後に続く雨のカットにゾクゾクっときた。おどろおどろしい江戸時代のシーンから場面はがらりと変わって現代の東京へ。雨が降る中、傘をさした男の子たちが歩いている。そこに澄み切った音楽がかぶせられている。この何気ない情景がなんとも素晴らしい。この最初の雨のカットだけで僕は一気にこの映画に引き込まれた。

 この映画のキーワードは「生活」だと思っている。映像のひとつひとつにリアルな生活感を感じる。人間社会を第三者の目線からよく観察されており、メインキャラ、サブキャラ、エキストラまでよく描かれている。ただ人の仕草や表情を見ているだけでも面白い。そのキャラが喋っていない場面でも、横の方でくねくねとだだをこねていたり、洗濯物の匂いを嗅いでいたりする。その動作が我々のごく身近な生活に密着したリアルなものになっていて、ついそっちにも目がいってしまう。実写映画でもこれはそうそう表現できるものではない。

 声優も皆うまい。母役の西田尚美は見た目もそのまんまだが、河童をみてゾゾッとくるところなど絵と演技が妙にリアル。アニメならではの派手なデフォルメは排除して、イラストを役者のごとく演技させている感じだ。

 あえて子供を子役に演じさせているところもリアリティを高めている。僕がこの映画で一番ハッとしたのは「フ」と笑ったときの女の子のエクボ。ちょっぴり恥ずかしさをたたえた可愛いエクボだった。植松夏希。いい声を見つけてきたものだ。

 人物だけでなく背景も美しい。CGもところどころで使っているけれどほとんどは手描き。CG全盛のこの時代、やっぱり手描きはいいなあと言わせるだけのものがあり、いっそすべて手描きにしていればもっと評価も高かったのではないかと思う。緑の映像は心が洗われるようだし、マンションや駅の映像には生活の匂いを感じる。コンビニの映像などはかなり細部まで描き込まれていて感心してしまう。こうした景色が、この映画ではあたかも第三者の目線で描かれているため、普段見慣れた電車や川の映像にさえも、なんだか新鮮な感動を覚えてしまうのだから、そこがこの映画のタダモノじゃないところだ。

 ラスト、画面の奥へと消えて良く河童のクゥ。このワンカットの映像の構図があまりにも清々しい。ストーリーと映像、共に深く余韻が残った。

 この映画はメルヘンなんかではない。もっと身近なもので、子供の日常、大人社会のしがらみなど、我々の生活が描かれたものである。ソファの窪みにオモチャを隠したり、土に埋もれている石をほじくり出したり、好きな女の子をいじめたり、観察してみると自分にも思い当たるシーンばかり。言わば登場人物の中に自分の姿を見る映画である。(2008/5/2)

『河童のクゥと夏休み』のDVDはソニー・ピクチャーズエンタテインメントより5月28日に発売。