硫黄島からの手紙

日本側から見た戦争。日本語のぼやきに共感。

硫黄島からの手紙
『硫黄島からの手紙』
2006年アメリカ
出演:渡辺謙、二宮和也、伊原剛志、加瀬亮、中村獅童
販売元: ワーナー・ホーム・ビデオ

 日本アカデミー賞外国語映画賞の最優秀賞を受賞した作品である。他に『ヘアスプレー』、『ボーン・アルティメイタム』がありながらもこれが選ばれた。「あれれ」と思った方もいるだろう。というのも、この映画の登場人物は皆生粋の日本人で、セリフもネイティブの日本語だからである。日本アカデミー賞は本場アメリカのアカデミー賞を意識しすぎている気がする。いっそ「外国語映画賞」というネーミングを変えてみてはどうだろうか。

 先ほども書いたように、この映画のセリフは日本語である。なぜ僕がここを強調するのかというと、僕はこの映画ほど「日本語」の持ち味を生かした映画を未だかつて見たことがなかったからである。

 説明の前に、まずはこの作品について。僕はこの映画は『父親たちの星条旗』と併せて、2006年最大の業績だと思う。クリント・イーストウッドが、戦争で戦ったアメリカと日本両国それぞれの視点から描いた戦争。こういった試みでは恐らく映画史上初めての成功作になる。本当のところはイーストウッド自身は『父親たちの星条旗』だけで終わるつもりだったそうだが、撮影中に『硫黄島からの手紙』も同時に撮ることを決めたという。この2本をシンクロさせつつ、それを別々に上映したことで壮大なる戦争絵巻が出来上がったわけだ。両方を見ることはこの映画を楽しむ最低条件。これが優れている点は的を硫黄島だけに絞ったこと。それぞれで同じ時間、同じ場所を別の角度から同じ監督が描いているから訴求力が格段に違うのだ。

 僕も色々な映画を見たが、これほど戦争を身近に感じたものはない。特に日本側の本作では、登場人物が日本語を喋っていることもあり、その現場にいるような感じになった。洞穴のセットや加瀬亮の回想シーンででてくる町のセットなどはちょっと嘘っぽく感じたのだけれども、それでも兵士たちの「やってらんねえよ」「もうだめだ」「俺もこんな戦争たくさんだ」など、日本語でぼやくセリフが妙に生々しかった。他の戦争映画では日系人が下手な日本語で喋るようなセリフも、僕等が普段使っているようなざっくばらんな言葉でちゃんと喋っているのだから嬉しい。特にジャニーズとして初ハリウッドデビューした二宮和也のセリフがうまい。兵士たちも戦場ではこんな風に嫌々ぼやきながら戦っていたんだなあと思うと、人間として親近感を覚える。先ほど僕が日本語について強調したのはそのためだ。

 アメリカでは『硫黄島からの手紙』の方が評価が高かったので、アメリカ人にもこのセリフのニュアンスがわかるのかなと思っていたら、そうでもないようだ。

 実はこの前、この映画を英語の字幕を入れて見てみたのだが、日本語の言葉の微妙な意味合いがまったく生かされておらず、簡潔に訳されていたことにショックを覚えた。「俺」も「私」も全部「I」だし、「おう」も「ああ」も全部「Yes」で、まったく味けなくなったものだ。僕がこの映画で一番良いと思った「ぼやき」のセリフには字幕すらかからない。つまりここではアメリカ人にはただ日本人が何かの言葉をぼやいているとしか伝わらないのだ。こんな字幕でちゃんとストーリーが伝わるのかと心配になる。ウディ・アレンの映画は外国語では面白くないとよく言われるが、その気持ちもわかる。

 とはいっても、これは本場アメリカのアカデミー賞で外国語映画賞ではなく、なんと一番権威ある作品賞にノミネートされたので、日本人としては万歳三唱である。あの要約しすぎの字幕でも、俳優の演技とイントネーションをもってすれば、伝えたいメッセージはしっかりと伝わっていたということだろう。(2008/2/24)