オリヲン座からの招待状

どんなに貧乏しても映画館を守り続けた2人の愛の物語

オリヲン座からの招待状
『オリヲン座からの招待状』
出演:宮沢りえ、加瀬亮、宇崎竜童、田口トモロヲ、中原ひとみ、樋口可南子、原田芳雄
原作:浅田次郎「オリヲン座からの招待状」(集英社刊「鉄道員」より)/脚本:いながききよたか/監督:三枝健起/メインテーマ:上原ひろみ
2007年日本
発売元:東映ビデオ 販売元:東映
(C)2007「オリヲン座からの招待状」製作委員会

 先週号で『オリヲン座からの招待状』の主演二人の舞台挨拶の模様をお届けした。今週はこのDVDの内容について書かせてもらう。ネタバレしているので読みたいという人にだけ読んでもらいたい。

 『オリヲン座からの招待状』は、小さな映画館を守り続けた2人の愛の物語である。配給会社曰く満足度は93%だったということなので(第三者機関の統計ではないのでまったく眉唾だが)、かなり期待してみただけに、見終わった直後はそれほど良い映画だとは思わなかった。しかし、その翌日、早朝目覚めた時に急にボディブローの傷みがごーんと来たね。色々とこの映画のことが頭をよぎって、なんだかほろりと泣けてきた。この傷みは2・3日引き摺った。『ミリオンダラー・ベイビー』のときも思ったけど、こういう風に見終わった後よりも何日かして急に感動がやって来る映画は真の良作だといえるだろう。

 翌日色々なことを考えた。気がついたら1年、また1年と凄い勢いで年月が流れていく気がする。このままでいいのか? 人間老いることは決して避けられないことだけど、自分がおじいちゃんになったとき、自分にはどれだけの生きがいを持っているかと、しんみりと考えさせられた。

 切ない映画である。加瀬亮演じる主人公は、宮沢りえ演じるあねさんのことが好きなのにその気持ちをうまく伝えられない。あねさんが足を怪我したときにおんぶして「僕等は夫婦みたいなものだから」といったのが彼にとって精一杯のラブコールだったのだろうけど、2人が恋人になることはない。そのまま、気がつけば、ずるずるずるずる、もう2人はおじいちゃんおばあちゃんになっている。あれだけ映画館を守り続けたのに、最後には閉館。好きだったあねさんも死んで、いったいこのおじいさんの人生はなんだったのだろうかと、その長い長い年月を思うと、切なくなってくるのである。「私の名前は歴史に残ることはないけれど、それでも満足だ」という『きみの読む物語』の主人公の言葉を思いだしたが、あちらには子供もいたからまだ救いようがあったが、こちらには子供もいない。この主人公は、童貞のまま一生を終えるわけである。もしもこの映画館に来なければ、あねさんも再婚して、主人公もいい嫁さんを見つけて、2人の人生はもっと幸せなものになっていたかもしれない。あるいは、潔くさっさと映画館を閉館していれば、こんなに貧乏はしなかったかもしれない。はたしてこの人の生涯は幸せだったのかと、人生にとって幸せというものの価値について考えさせられる。今でも僕はラストシーンで最後の舞台挨拶をする主人公の言葉が忘れられない。「ピンク映画をかけようと思ったこともある」「売店のアンパンが3度の飯だったこともある」「本当に貧乏しました」。実にストレートな言葉で、哀れみすら抱かせる。

 この映画は感覚的な映画だと思う。ストーリーなどよりも、その情緒を鑑賞してもらいたい。昭和という時代のかもしだすノスタルジーの中、一見意味のないシーンにこそ、その感覚が発揮されている。宮沢りえが自転車をこぐシーンなど、それだけで絵になっている。

 一番の名場面は寝室で2人が初めて手を繋ぐシーン。宮沢りえが蚊帳の中、加瀬亮が蚊帳の外で、手だけがつながっているシチュエーションが何とも詩的。ここに2匹の蛍。1匹でも3匹でも駄目。2匹だからこそそこに情景美が生まれる。

 2人が本当の子供のように可愛がった男の子と女の子の描き方も巧い。この子供たちが大人になって2人に会いにくるところで、主人公の理想が投映され、そこに長い長い年月の厚みを感じとることができる。

 加瀬亮は、この主人公について「自分では信じられないくらいまっすぐな人だった」といっている。演じるときには、そこをあえて曲がった人間のように演じたというが、そこがうまく表現されていて、実に人間臭い味がでており適役だったといえる。

 宮沢りえはすごい。初登場シーンの「あらまあ」という感じの表情が最高。アンパンのアンコを鼻につけたのは彼女のアイデアという。日本にこんなに良い演技者がいたなんてと僕は今更驚いた。映画出演作は少ないが、これは彼女の代表作にいれてもいいだろう。

 『ニュー・シネマ・パラダイス』にも勝る映画愛を感じる。そこが映画ファンのハートを射止めたのではないかと思う。『無法松の一生』(内容が若干かぶるのがみそ)の上映など、映画の1本1本をまるで一大イベントであるかのように真心を込めて上映している。そこに映画を心から愛する人の心意気を感じる。最近の映画ファンは「DVDが出るまで待つ」という人が多くなった(そもそも映画館のもぎりに無愛想な子が多すぎるのもどうかと思うが)。でも、これを見ると、映画はやっぱり映画館で見たいなあと思うばかりだ。(2008/2/24)