100年前のクラシック映画から映画史を読み解く


ストもたまにはいいもんだ

 前回のコラムで僕はストについて反対意見を述べた。あれから僕も気が変わったので、今回は賛成意見を述べさせてもらう。ちょいと気が変わるのが早すぎじゃないかと思われるかもしれないが、とりあえずその理由を聞いて欲しい。

 先日、長いストがやっと終わった。なんとかアカデミー賞の授賞式前に解決して一安心である。しかし、このストのせいで大打撃を受けた人は数知れない。

 被害例のひとつとして『24』の放送が1年先に延期したことがあげられる。脚本がないせいで、撮影ができず、一番視聴率をとれる時期を逃してしまったため、放映の再開はタイミングをうかがって来年まで延ばさざるを得なくなったというわけだ。放送を待ちわびていたファンはがっかりである。

 しかし、ここから副産物が発生した。プロデューサーが、何もできなかったストの間「考える時間」を与えられたのだ。そしてプロデューサーは我が道を行く決心を固めた。『24』のような一般受けする作品ではなく、ケーブルテレビ向けに自分の本当に作りたかったものを作ってみるというのだ。彼にとっては、ストが起きたことが人生の転機になったわけである。もしもストが起きなければ、彼は以前と変わらぬ人生を送っていたに違いない。

 この事例は、僕のストに対する気持ちを入れ替えさせた。たまには、こういう悪い事件も、何かの転機となる大きな刺激となる。僕は『第三の男』のオーソン・ウェルズのあの名セリフを思いだした。何事も起こらない平凡な日々では、革命的なひらめきは起こらない。悪いことでも、それを良いひらめきへと転化すること、それがクリエーターにとって大切なことではないかと思う。(2008/2/17)