第4夜『アイ・アム・レジェンド』
ゾンビ映画の原点を現代風にリメイク
ファミレスで、隣に座っていた若者たちがこの映画のことでもりあがっていた。CMをみてすごく見たくなったとのこと。「地球で最後に残ったのはウィル・スミスの一人だけだった」というCMが、いかにも面白そうだということである。
映画館には予想通り子供が多かった。僕の隣も子供だったし、学生たちの集まりもあった。皆、見終わった後、「想像してたのと違った」、「全然最後の一人じゃないじゃん」と言ってがっかりしていた。メルマガにも同じことを書いたが、公開前に偽った情報で盛りあげすぎてしまったことが、この映画の敗因だったのではないかと思う。始めからちゃんとした情報を出していれば正当に評価してもらえたかもしれない。しかし「これはゾンビ映画ですよ」なんて始めから言ったら客は来なかったかもしれないし、「得体の知れない敵を相手に脅える」という前半の持ち味も生かせなかっただろう。敵を明かすか伏せるか、配給会社にしてみれば究極の選択だったに違いない。
『28日後...』と同じく、正確にはゾンビじゃないけど便宜上ゾンビ映画に分類される。しかし敵の描き方は他の映画と比べてみると残念ながら下手な方である。CGの映像がまるで漫画だ。やはり敵は人間が演じなくちゃ駄目。CGだとどうも迫力がなく、大勢の敵が猛突進してきても中身がすかすかな印象を受ける。『28週後...』の生身の敵と比較してみても、明らかに重量不足だ。
ところで、これは『縮みゆく人間』のリチャード・マシスン原作の『吸血鬼』を映画化したものである。この原作に影響されたジョージ・A・ロメロが『ゾンビ』を作ったと言われており、事実上『アイ・アム・レジェンド』がゾンビの原点といえる。この原作はすでにヴィンセント・プライスとチャールトン・ヘストンで映画化されており、これは3度目の映画化となる。ヴィンセント・プライスの『地球最後の男』は僕も見たことがあるが、プライス版の方が原作に近かった。原作の結末はウィル・スミスの映画とはまったく異なり、タイトルの意味が違う。本来の意味はゾンビたちを夜な夜な殺す伝説の怪物、つまりゾンビたちの立場からすれば主人公こそが恐ろしい怪物だったという意味である。ところがウィル・スミスの映画では人間たちにとって人類を救った伝説の人ということになっている。これじゃあ興ざめだよね。どの道、後味はあまりよくない映画だったので、いっそ原作のような結末にして欲しかった。藤子・F・不二雄先生の漫画『流血鬼』(同じ原作を翻案したもの)みたいにハっとする結末でもあれば良かったのだが。
とはいえ、誰もいないマンハッタンでウィル・スミスがゴルフをするシーンなど、SFファンにとってはなかなかぐっとくるシーンもいくらかあったので、そこそこは楽しめた。ウィル・スミスはこういう役がよく似合うね。地球を救う役。こういう役は白人の俳優よりもウィル・スミスがやった方が断然良い。同年公開された『幸せのちから』の演技もよかったし、ウィル・スミスは今絶頂期にいるといえる。(2008/2/10)