ターミナル (レビュー)

スピルバーグ流人間賛歌
★★★★

The Terminal
2004/米
監督:スティーブン・スピルバーグ
出演:トム・ハンクス、キャサリン・ゼタ・ジョーンズ

 

 思っていたよりも周囲の評判は良くないが、僕は大好きである。僕はアメリカの空港で何日か寝ていたことがあるので、もはや他人事じゃなく、主人公の行動にも共感することが多かった。
 舞台となる空港がまるまるすべてセットだということは、見ただけですぐにわかる。でもそこが良い。見るからに作り込まれた世界ゆえ、テーマが寓話的に表現される。セットゆえに、一見ありふれた光景でも、どこかしらロマンチックに思えてくる。本物の空港では表現できないファンタジーがさりげなく表現されるのだ。
 カメラは、主人公と同じくこのセットから一歩も出ないので、これは一種の密室劇の扱いとしてよい。密室のロードムービーとも言える。空港には生活に必要なものはすべて揃っており、ひとつの社会が出来上がっている。空港は我々人間社会の縮図とも言える。そこに英語を話せない部外者を投げ込むことで、この映画に描かれている良心は強調される。
 登場人物は役柄がわかりやすく、ざっと5タイプに分けられる。

「ターミナル」の登場人物
(1)主人公
(2)空港の所長
(3)主人公が心を寄せる1人のスチュワーデス
(4)国籍の異なる3人の友人たち
(5)警備員、店員、受付嬢、その他大勢の空港スタッフ

 ここで古い映画監督の名前を思い出して欲しい。フランク・キャプラである。スピルバーグが最も好きな映画がキャプラの「素晴らしき哉、人生!」であることは有名な話だ。キャプラを知らない人のために書くと、キャプラの諸作品に見られる構成要素は次の通りになる。

「キャプラ映画」の構成要素
(1)世間知らずだが、良心を具現したような主人公
(2)主人公を妨害する欲深い悪者
(3)主人公の心のよりどころとなる美女
(4)主人公の良き友人たち
(5)ひとまとまりの群衆

 以上5つ。これは「ターミナル」の登場人物たちの役割分担と全く共通している。主人公が社会のはぐれ者だということ、主人公だけが生活感を感じさせることなどもキャプラ映画と同じである。トム・ハンクスはゲーリー・クーパーであり、キャサリン・ゼタ・ジョーンズはジーン・アーサーであり、あのインド人はウォルター・ブレナンである。
 トム・ハンクスは、この映画をキャプラに例える傾向を好ましく思っていないようだが、僕にとってはこれは現代版キャプラである。おそらくスピルバーグは狙って真似しているわけではない。偶然似てしまっただけの話だと思う。スピルバーグが人間賛歌を追求するうち、知らず知らずのうちに尊敬するキャプラが描いてきた真理に到達したのだろう。
 そのせいか、今風の映画でありながらも、少し古くさい所もあった。好きな人が自分に手を振ったかと思いきや、彼女が手を振ったのは自分の後ろにいた男だったという、それこそ使い古された演出を気にせずさらりとやっており、スピルバーグも昔とはだいぶ変わった。

 僕は「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」からスピルバーグのスタイルはガラリと変わったように思う。それまでの「ジョーズ」や「シンドラーのリスト」ほどの野心はどこかに隠れ、だいぶ落ち着いてきた。職人的になったともいおうか。この「ターミナル」も一見軽そうな内容であるが、ベテランなりの重厚な味わいを感じさせる。役を一人一人動かすというよりは、群衆全体をひとつの人格として動かしているところに彼の才がある。

 スピルバーグはこれにある程度毒も入れた。せっかく好きな人のために作った噴水の水が出なかったこと。入国審査にひっかかった薬が最終的には没収されて所長の机の引き出しに入っていたこと。そして好きな人が元彼のもとへ戻っていくこと。キャプラ映画にはこのような毒はないが、スピルバーグはあえて毒をいれた。それでもこの映画が心地よい余韻を残すのは、主人公が一番最初の目的を達成するからである。ただ死んだ父親のためにサックス奏者のサインをもらうだけの目的である。小さいことのようであるが、本人にとっては何よりも大きなことである。父親との約束だからである。もし主人公が目的を果たせなければ、この映画は人の信念をもてあそぶだけの駄作となったと思うが、スピルバーグは信念を尊重させることを選んだ。
 最後は実にしんみりと優しく描いている。主人公は空港を出てから、何の障害もなく、まったく悩むことなしに目的を果たす。長い間ずっと待ち続けた主人公が、サックス奏者の演奏をじっと見詰める姿がひとしお感慨深い。映画はその余韻を残して幕を下ろす。
 「オールウェイズ」を別格として、スピルバーグにとってこれは最初のラブ・ストーリーとなったわけだが、人間愛に溢れた実に心地よい小品であった。僕はこれを何度でも見たい。

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