クイール (レビュー)

犬のわびさび
クイールという一匹の犬が生まれ、成長し、盲導犬となり、主人を亡くし、老いて死ぬまでを正攻法で描いている。これは決してお涙頂戴ものだと思って見てはいけない。これは悲劇でも喜劇でもなく、一匹の盲導犬の一生を描いた史劇であり、詩である。
僕は今まで犬の一生についてなんぞ、一度も真面目に考えたことがなかったが、これを見て、犬の一生とは、なんと儚(はかな)いものだろうか、という気になってきた。誤解しないように書くが、僕は別に犬に同情しているわけではない。この儚さが、この映画の美点だと思っただけの話である。ご主人に可愛がられたときは、それは幸せだったろう。しかし、この映画が描いているところはもっと孤独なところである。盲導犬として生きるべく訓練され、晴れて盲導犬になってからは、一人の主人だけのために一生懸命尽くす。しかし主人に先立たれ、それからは誰に仕えることもなく、普通の犬として、余生を送る。それはさも寂しそうにも見える。主人と最後に歩いた30メートルの長いワンカットは、まるでそれから後が空白であったかのように錯覚させる。クイールが老犬となって、育ての親のもとに戻ってくるところも、時の長さを感じさせて儚い。最後のカットでは、死に行くクイールを映した後、生まれた頃のクイールの映像が少しだけ映し出されるが、これは見事な演出で、まるでクイールの一生が生まれたときから運命づけられていたような気さえしてくる。これは犬のわびさびとでも書こうか。こういう日本らしい詩のような美しさをもつ映画が日本のメインストリームにはなかなか見られなかったので、久しぶりに良い映画を見た気分である。

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