キャスト・アウェイ (レビュー)

Cast Away

★★★★1/2

<アメリカ/2000年>
製作・監督:ロバート・ゼメキス/製作・出演:トム・ハンクス
製作:スティーブ・スターキー、ジャック・ラプケ
脚本:ウィリアム・ブロイルス・ジュニア/撮影:ドン・バージェス
音楽:アラン・シルベストリ/出演:ヘレン・ハント

●トムの演技が新しい
 色々な意味で抜きんでたハリウッド映画だ。特筆すべきは、トム・ハンクスの一人演技であり、ストーリーの構成力であり、キャメラワークである。今回はそのことについていちいち述べたくなった。
 まずは、トム・ハンクスの演技についてだが、これは「ビッグ」よりもいい。トムのこれまでのキャリアの中では最も注目すべき演技である。この映画は、彼一人だけの映画である。他に登場人物はいない。舞台は小さな無人島という限られたスペースだけであり、我々はこの小舞台で一人芝居をするトムに最後までお付き合いしなければならない。場面が別の場所の映像に切り替わることは一度たりともない。我々は彼と同化し、無人島の生活を一心同体となって体感する。
 一人芝居といえば、かつてスペンサー・トレイシーが「老人と海」、石原裕次郎が「太平洋ひとりぼっち」でやったが、この映画のトム・ハンクスの演技は、もっと生々しく、真の意味での一人演技。だから気持ちがぐっと伝わる。バレーボールに話しかけているときの目の表情と、話しかけた後のあの「間」には、涙がでてくる。ラストの表情もいい。これは未だかつて無かった新しい演技法だといいたい。ラストなのに終わりではない。表情の中に新たなるドラマがある。観客もラストの余韻に浸っていたのか、スタッフロールで席を立とうとはしなかった。
  

●時間がごっそりと省略されている
 ストーリーの構成力についても述べなければならない。この映画は上映時間が長く、場面のアクションもゆったりめなものが多いのだが、これが少しも長さを感じさせないのには秘密がある。いたるところに張られた伏線は、実にさりげなく、場面は次々と省略されていく。動機と結果だけで主人公の行動が説明される。日常からだいぶかけ離れた生活は、行動それ自体が我々の好奇心をくすぐる。単調な生活描写はいっさい省き、新しい刺激だけを提示し、そのときそのときの主人公の表情のスケッチだけで映画は構成される。この映画にはハリウッドらしい気取り具合がまるで見られず、雰囲気はいたって深刻である。我々はシーンを追って体感するからこそ、主人公の表情がもっと感慨深く、助かってからの彼の運命がまた深く胸に突き刺さるのである。
  

●フィルムの質感を重要視している
 キャメラワークについても褒めなければなるまい。場面の雰囲気を全編を通して静かめに演出しているために、我々の意識は自然と映像へと向けられる。映像は珍しく写真的だ。フィルムの質感をしっかり重要視しており、雨のシーンや夜のシーンでは映像から風の冷たさを感じとれる。何もない無人島をまざまざと写し出す様も、映像に現実感がある。主人公が島の一番高いところに登って島の周りを見渡す俯瞰の映像は、イメージのそれも素晴らしいが、同時に主人公の気持ちをカメラのレンズと同化させて写し出していることに感心させられる。フィルム独特のタッチとストーリーの関係を熟知していなければこのようなムード効果は狙えなかっただろう。その点で、ゼメキスの成長がうかがえる。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」にはなかったアーティスティックなキャメラワークである。
  

●映像は全て一人称に徹するべきではないのか
 せっかくいい映画なのに、ロバート・ゼメキスは、恥ずかしい演出も何度かやっている。
 我々は主人公と同化して孤独を味わい、銀幕が閉じた後もなおその感情を抱き続けてしまうのだが、そのワケはつまりこの映画が一人称の映像だけで構成されているからである。あくまでそのように見せかけている。ところが、いくつかの場面では突然にキャメラの視点が第三者の目になってしまうのだ。例えば、バレーボールが無くなるシーン。主人公はバレーボールを探しているのに、このときキャメラの目線はすでにバレーボールに向けられており、観客は嫌でも主人公よりもずっと早くバレーボールを目撃してしまうことになる。これでは感情が共有できなくなる。エピローグで元恋人が気絶するシーンや、主人公と元恋人が車庫の前で別れるシーンでは、視点がいきなり恋人の立場に移るが、これも感心できない。ここでやるべきことは主人公の感情を映像化することだったのではないのか? この失敗は小さいようで致命的である。このミスひとつで、ゼメキスはしょせん凡人監督なのだということがバレてしまう。僕はふざけているのかと思ってしまった。ヒッチコックやポランスキーといった名監督たちなら決してこのような失敗はしなかっただろう。

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