バニラ・スカイ (レビュー)

■投げかけられる謎と隠されたヒント

 ラブ・ストーリーでありながら、ミステリーとスリルに溢れ、摩訶不思議な内容である。シナリオはいたって複雑。だが複雑なゆえ、いたるところで見られる巧妙な伏線と、細かいところで見せる微妙なヒントの数々に感嘆せざるを得ない。

 よく「今までになかった感動のある映画」と言われているが、それはつまり、同作が問題提示形の作品だからである。謎が投げかけられ、それを解くヒントも作品の中のどこかに隠されている。我々はそのヒントを探し出し、主人公トム・クルーズと共にバラバラになった回想シーンおよび夢のシーンのパズルを繋げていく。謎を解くためには(というより映画の世界をより楽しむためには)、ある程度のアメリカン・カルチャーの知識も必要かもしれない。とにかく想像力を刺激させる作品である。あなたがこの刺激が好むか好まぬかで、同作の評価は高くもなれば低くもなるであろう。

 

■「市民ケーン」のスタイルに酷似

 この描き方は、実は『市民ケーン』と恐ろしく酷似する(主人公は市民ケーンでなく、市民ペニースであったが)。作品を解く鍵となる「バニラ・スカイ」という言葉は、『市民ケーン』でいう「バラのつぼみ」に当たるし、基本的にフラッシュバックとマッチカットでシチュエーションを説明していくスタイルも同じだ。

 それなのに、この映画に★を5つもサービスしたワケは、クロウの映画作りに対する姿勢に感動したからである。僕はこれを見て、キャメロン・クロウの見方を変えた。トリュフォーやワイルダーの作品の一部が使用されていることからもわかるように、クロウは今時の映画界では珍しく映画オタク的なところを覗かせる監督であり、同作からはクラシック映画への愛情と尊敬を感じとることができる。同作の良さは、極めて「映画的」なところにある。とにかく僕はクロウの映画的なセンスについて褒めちぎりたい。

 まず感心するのは、テンポの良さ。ここまでうまくカッティングされた映画を見るのは僕も久しぶりである。出だしのオープニングのMTVぽい見せ方からいきなり引き込まれた。

 鏡が多く出てくることにも注目。同作では鏡が現実と悪夢をつなぐ架け橋となる。人は鏡の前で素に戻り、自分を見つめ直す。オーソン・ウェルズも鏡を好んだが、果たしてクロウがウェルズを意識していたのかどうか? とにかく鏡がここまで意味を持つ作品も珍しい。オープニングの白髪抜きの場面がその伏線となっているわけで、そこら辺が実にうまい。

 クロウがビリー・ワイルダーを敬愛していることは有名な話だが、同作がワイルダーの『悲愁』を連想させるのは偶然とは思えない。主人公が分析医の前で「マスク」を外さないことが、彼の素顔がどうなっているのか(ハンサムな顔か、潰れた醜い顔か)サスペンスをかきたてる。これはワイルダーの『悲愁』でいう「手袋」の描き方を参考にしているのではないか?

 

■細かいところに芸がある

 ディテールの演出も面白い。セットに置かれた何気ない小道具も、謎解きのヒントとなり、作品のテーマに密かに結びついている。たとえばLE社の壁の絵。14世紀の画家アルチンボルドの作品が飾られている。これは20世紀のシュールレアリズムを500年も前に先取りした「だまし絵」の大古典である。LE社のデスクの上にはなぜか卵なども置いてあり、それが「映像の比喩」となっている。

 キャメラも興味深い。ときには額縁のように固定して見せ、ときには手持ち撮影でブレを見せ、ときにはドリーでスムーズな移動ショットを見せる。室内のシーンが多いのも特徴だが、壁の斜めの線を生かして、より主人公の心理を暗示的に表現しているところも素晴らしい。

  屋外の映像では空の大げさなほどの色遣いに意味がある。80年代以降の映画のほとんどはカラー映画であることの意味を持たないが、クロウの映画はカラー映画としての役割を存分に発揮させているところに共感させられる。

 

■「オリジナリティ」とは何か?

 クロウは映画・絵画・音楽の引用がとてもうまい。ラストで立て続けに見せられるイメージの数々は、どこかノスタルジックで、無意識のうちに感動させられてしまう。こういうシュールな映像感覚がウェルズやトリュフォーとは違うクロウ独自の演出なのだろう。

 クロウは、ロック音楽の使い方にかけては現在の監督の中でも一番といっていい。誰もが知ってるロックの名曲を、意外なところで使って、うまい。ほとんどのシーンではロック音楽が流れており、それが作品をテンポアップさせる。たまにピタリと音楽が止まり、場面を静寂でつつむところも意表をついており、その沈黙は東欧映画の雰囲気さえある。サウンドにも細かい演出が施され、音のフェードイン・フェードアウト、音の逆回し、異様なモデム音の挿入などが斬新なイメージを与える。

 同作はご存じ、リメイク映画である。同作を見ると、「オリジナリティ」とは何か?という疑問にぶちあたる。新感覚といいながらも、音楽のほとんどは既成のものなのだし、別の映画のワンシーンも引用しまくっている。主人公もボブ・ディランやジェームズ・ディーンの格好を真似ている。そういった盗作行為そのものが同作のオリジナリティになっているのかもしれない。たしかに、オリジナルの『オープン・ユア・アイズ』を見ていたら、僕の評価も違ったかもしれない。『オープン・ユア・アイズ』を見た人のほとんどが『バニラ・スカイ』に不満を抱いているのだし。しかしこれだけは言える。クロウの独特な音楽センスと映画オタクらしさ、トム・クルーズの存在感は、まさしく「バニラ・スカイ」だけのものである。

2001年/パラマウント映画

<製作>
トム・クルーズ
ポーラ・ワグナー
キャメロン・クロウ

<監督・脚本>
キャメロン・クロウ

<出演>
トム・クルーズ
ペネロペ・クルス
キャアメロン・ディアス
カート・ラッセル

<主題歌>
ポール・マッカートニー

【R指定】
(第83号「レビュー」掲載)

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