マスコミがマスコミに踊らされていた。レオナルド・ディカプリオの記者会見にみるマスコミの世界

『ジャンゴ 繋がれざる者』

3月2日(土)、『ジャンゴ 繋がれざる者』のプロモーションのため、同作で悪役に挑戦して新境地を開いたレオナルド・ディカプリオが緊急来日し、六本木で記者会見を行った。

『ジャンゴ』は、先週行われたアカデミー賞の授賞式でオリジナル脚本賞など2冠を受賞した作品だが、ディカプリオはアカデミー賞の授賞式には欠席しており、公に顔を見せたのは久しぶりのことである。その点でマスコミからもかなり注目されていた会見である。なぜなら、ディカプリオは驚くかな多くの記者に”俳優業をやめるもの”だと思われていたからである。

ちょうど会見の前も、日本のマスコミの多くが「俳優休業宣言をしたディカプリオがやってくる」などと大々的に報道していた。これはガセネタである。しかし、あれだけ日本の多くのマスコミが「休業」と掻き立てると、さすがに信じていた人も多かったようだ。

事の経緯はこうである。外国のある紙媒体のインタビューにディカプリオが応えた。そのインタビュー記事では「もう疲れたからしばらく俳優業を休業したい」と報道されていたが、そこに別のマスコミが尾ひれをつけて「ディカプリオが俳優業をやめるという」と報道して、それがどんどん世界中に拡散していったのである。アカデミー賞も欠席したこともあって、日本の大手のマスコミまでこのガセネタに便乗していた。

会見では、終始、記者の質問に真面目に答えていたディカプリオだったが、一番最後にこんな質問があった。「俳優業を休業すると報道されていましたがどうなんでしょうか?」。来るとは思ったが、まさに単刀直入の質問が来たのである。

ディカプリオはこの質問にも表情を変えずに真面目に「2年で3本の映画に出たからちょっと休みたいと言っただけなのに、それをまるで僕が俳優をやめるかのように書かれてしまったんだ。俳優の仕事は大好きだから今後もやめることはないよ」と答えていた。これでスッキリしたが、ディカプリオのこの答えを聞いて記者たちがざわざわとどよめいたのには驚いた。「もうやめるのかと思ってせっかく取材に来たのに」などとぼやく記者もいて、あんなガセネタを信じていた記者がこんなにもいたなんて同業者としてちょっと信じられなかった。

僕はどうせガセだろうと思っていた。だいたい俳優をやめるのならこんな記者会見に出席するわけがないのだし、たったひとつの紙媒体に書かれてあることなど、とても信用できるものじゃなく、マスコミがマスコミのネタにこんなにも踊らされていたのには驚くばかりである。拡散させた張本人にしてみれば、してやったりだろう。

僕がこの職業を通じて学んだことは、マスコミは一切信用できないということである。僕は本人が自分の口から言うのをこの目で見るまでは信用しないことにしている。他の記者から聞いたことなど間違っているかもしれないから決して鵜呑みにはできない。活字になると説得力を帯びてくるが、本人が本当にそう言ったかどうかは別問題である。これは職業柄、身に備わった耐性とでもいおうか。現地取材した後、マスコミ各社の記事を見て、いつも事実を誇張した記事になっていることに僕は愕然としてしまう。こうなるともう自分が見たものしか信用できなくなってきて、本当のことをありのまま書きたくなってくる。僕は事実をありのまま書きたくなることを「ジャーナリスト症候群」と勝手に言っている。

しかし、事実をありのままに書いても記事としてはつまらない。つまらない記事は読んでもらえないのである。読んでもらえなければ事業として成立しない。だから記事として面白く読んでもらえるようにマスコミは誇張して面白く報道するのである。

例えば、あるイベントの記事で、客席から少し拍手があっただけで「拍手喝采が沸き起こった」と大げさに書く。これが誇張である。捏造はよくないが、誇張はごくごく当たり前に行われている。

日本では、日本の映画スターにインタビューする場合、掲載前に事前に事務所のチェックが入るのが常識である(僕はこの事前チェックがすごくイヤなのでインタビュー取材はよく断っている)。海外映画スターの場合、そんな面倒な事前チェックはない。そこが日本と海外の大きな違いのひとつである。だから書きたい放題。日本の記事以上に外国の記事は信用できないものだと思った方が良い。

テレビやラジオなどの電波媒体や新聞や週刊誌などの紙媒体には「スペースの制約」がある。そのため、1時間のイベントでもたった5行にまとめて報道されてしまう。もし1時間のうち10秒でも何か変わったことが起きれば、そればかりが誇張された記事になる。記者のセンスひとつでどのような記事にも化けるわけだ。それを読んだ人は、その5行だけでイベントの全体像を想像してしまうため、ここに読者の誤解が生じてしまう。

WEB媒体には電波媒体や紙媒体のような「スペースの制約」はない。しかし、WEB媒体はページビューを集めるために、取材した記事は原則として必ず記事にするのがお約束事になっている。どんなにつまらないイベントでも取材させてもらった以上は、ボツにせずに報道する宿命にあるため、どうしても誇張して面白く書こうとする傾向にあるのだ。

もしも、良いことをしたのに、それが何かの誤解で悪い噂になって広まっていたとしたら、それは悲劇でしかない。僕がその日に立ち寄った喫茶店でも、隣にいた女性たちが「ディカプリオ俳優やめるんですってね」と話していたのを聞き、ぶったまげた。いったいどれだけの人たちがマスコミの記事に踊らされているのか。誤解というのは恐ろしいものであるが、マスコミなんてそういうもんである。その意味でも、この会見はあらためてマスコミの在り方とは何たるかを考えさせられた会見だった。

『ジャンゴ 繋がれざる者』は、現在全国ロードショー中。(澤田)

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2013/03/04 6:49

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