第85回アカデミー賞 最多受賞は『ライフ・オブ・パイ』 歴史的に見て予想外の結果に

アン・リー

2月25日にロサンゼルスで開催された第85回アカデミー賞授賞式。2012年に公開された作品の中から最優秀作品賞に『アルゴ』が選ばれた。他の部門賞はてんでバラバラの結果になり、6作品が各賞を分け合う形になった。最多受賞はアン・リーの監督賞を含む4部門受賞の『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』だった。

今年のアカデミー賞の結果を見て、正直ぶったまげた。僕の予想をことごとく裏切る結果だったからだ。僕の予想は物の見事にすべて外れてしまった。もし「アカデミー賞予想」とか事前に大々的に特集でもしていたら後で大恥をかくところだった。危ないところだった。

結果を見て僕が思ったのは、今年は総合的に見て、かなり「ひねくれた」結果になったということである。

そりゃあいつも「前哨戦」と騒がれているゴールデングローブ賞を制したのが『アルゴ』だったから、アカデミー賞も『アルゴ』が取ると考えた人も多かっただろう。その意味では、一見今年のアカデミー賞も予想通りに行ったように見えるかもしれない。いや、そんなこたぁないのだ。それは一般的な考えであって、アカデミー賞の歴史を通してみると、今年はかなり大異変だったと言えるのである。

アカデミー賞、というよりも擬人化して「オスカー」というべきかな。オスカーには「性格」がある。嫉妬心が強いとか、SF映画に厳しいとか、そういった「性格」である。いつも性格がはっきりしているので、予想も大方できてしまうのであるが、今年のオスカーはまるで別人のようだった。オスカーったら、こんな気まぐれ起こして、いったいどうしたんだろう。

アカデミー賞は、作品賞と監督賞がほぼ同じといってよく、過去10年で、監督賞と作品賞の結果が割れたのはアン・リーの『ブロークバック・マウンテン』が『クラッシュ』に負けたくらいしか例がなく、いつも決まって監督賞を受賞した作品が作品賞も受賞することになっていた。そのため、授賞式では監督賞を発表するのは作品賞の直前にするのが習わしになっているのである。

ちょっと授賞式の人気が低迷してきて、最近では作品賞の候補作が10本選ばれているのだが、監督賞は依然5人のままなので、「監督賞を取った作品が作品賞を取る」というパターンをふまえると、監督賞にノミネートされた5作の中から作品賞が出ると考えるのが普通である。『アルゴ』は監督賞にノミネートされていなかった。監督が俳優のベン・アフレックだから嫉妬心の強いオスカーは監督賞にわざとノミネートさせなかったのだろうか? いいや、それも違う。クリント・イーストウッドもケビン・コスナーもメル・ギブソンも俳優としては賞を取ってないのに監督賞は取ったことがあるのである。つまり俳優だから監督賞をあげないというわけではない。

その意味でも、俳優のベン・アフレックが監督賞のノミネートされていないのは例年の傾向を考えると疑問符が付く。ひねくれた結果である。さらに監督賞の候補になっていない作品が作品賞を取ってしまった。実はこれ、『ドライビング・ミス・デイジー』以来23年ぶりの出来事になる。監督賞の候補が5人に定められたのは1936年からであり、それ以後、なんと53年もの間、監督賞にノミネートされなかった作品が作品賞を取った例が一度もなかった。それを破ったのが『ドライビング・ミス・デイジー』だったのである。

監督賞にノミネートされていない『ドライビング・ミス・デイジー』が初めて作品賞を受賞したことで、その後の授賞式では「監督賞にはダメだったけど、もしかしたら作品賞はいけるかもしれない」という期待を抱ける余地ができたのである。と言っても、それから現代まで一度も『ドライビング・ミス・デイジー』の快挙を再現する作品は出て来なかったのが、『アルゴ』が出るまではね。ちなみに『ドライビング・ミス・デイジー』も『アルゴ』もワーナー・ブラザースの作品である。

『ドライビング・ミス・デイジー』が作品賞を受賞した1989年を振り返ってみると、その年にアカデミー協会の会長がカール・マルデンに変わったということも要因として考えられるが、その年も異常なくらいオスカーの性格が「ひねくれた」年だった。作品賞も監督賞も演技賞もまったくバラバラ。大混乱の結果だった。なかなか取れない黒人俳優のデンゼル・ワシントンが大御所のマーロン・ブランドに勝って『グローリー』で助演男優賞を受賞したのはこの年だったし、史上最年長でジェシカ・タンディが受賞したのもこの年だった。そしてこの年に『マイ・レフト・フット』でダニエル・デイ・ルイスは主演男優賞を手にしているのである。この展開は今年の展開にあまりにも似ている。

今年のアカデミー賞も、外国語映画賞にノミネートされている作品が同時に作品賞と監督賞にもノミネートされるなど、複雑に各賞がからみあった。音響編集賞を『ゼロ・ダーク・サーティ』と『007 スカイフォール』が同時受賞する珍事もあった。

「一度取った俳優には二度とあげない」というのもオスカーの性格である。時々運良く二度もらう俳優もいるが、三度ももらうような俳優はありえないレベルである。だから助演男優賞も『ジャンゴ 繋がれざる者』のクリストフ・ヴァルツがどれだけ素晴らしい演技をしていてもオスカーだけは絶対に取らせないと思っていた。そしたら取っちゃったんだからびっくりである。確かに演技は素晴らしかったし、一ファンの僕としては内心嬉しかったけど、でも彼はドイツ人だし、以前もタランティーノの映画で受賞しているから、またタランティーノの映画で取るとは思わなかった。だって相手は大御所ロバート・デ・ニーロだぜ。よく勝てたものだ。これはウォルター・ブレナンの再来を予感させる。ウォルター・ブレナンはたったの5年で3つの助演男優賞を受賞したが、クリストフ・ヴァルツもひょっとしたらひょっとするかもしれない。

そして何よりもぶったまげたのはダニエル・デイ・ルイスが3つ目のオスカーを手にしたことである。『リンカーン』は最多ノミネートで受賞最有力と言われていたけど、正直、どんなに転んでもダニエル・デイ・ルイスだけは取らないと思っていた。2つもオスカーを持っている人にまた勝たせるとは思えなかったからだ。これは凄い快挙である。思えばダニエル・デイ・ルイスが最初のオスカーを手にしたのは『ドライビング・ミス・デイジー』の年だった。これってすごい偶然。『ドライビング・ミス・デイジー』の年に一緒にオスカーを手にしたデンゼル・ワシントンを抑えての受賞だった。

監督賞は『ライフ・オブ・パイ』のアン・リーが受賞した。来日記者会見では必ず取れるというような余裕の表情を見せていたが、言った通り勝利して見せたのは、さすがはアン・リーだと思った。普通ならこのまま作品賞も、といいたいところだが、今年はそうはいかなかった。『ブロークバック・マウンテン』のときと同じく、「監督賞を取ったのに作品賞を取れなかった監督」というレッテルを続けて同じ監督が再度食らってしまうことになってしまった。なんてこった! とはいえ受賞部門数では『アルゴ』に勝っているのだし、過去の歴史を振り返ってみると作品賞を取った作品よりも部門数を多く取った作品の方が結果的に後世になって支持されている傾向があるので、僕は作品賞を取ることよりも部門数を多く取ることの方が凄いことだと思っている。

もうひとつ、忘れてならないのがアニメ部門。僕の予想は『シュガー・ラッシュ』だった。アニメ部門にもアニー賞という前哨戦があって、「アニー賞を取った作品がアカデミー賞のアニメ部門を取る」というのがお決まりのパターンだった。そのパターンも今年は打ち破っているわけで、今年のオスカーはまことにそれまでの常識が通用しない結果になったのである。

なお、授賞式には『007』シリーズ50周年を記念して、シャーリー・バッシー、アデルが歌を披露した他、キャサリン・ゼタ・ジョーンズ、ジェニファー・ハドソンらがミュージカルトリビュートパフォーマンスを披露。バーブラ・ストライサンドが「追憶」、ノラ・ジョーンズが『テッド』主題歌を披露するなど、「ミュージック・イン・フィルム」をテーマに盛り上げた。映画音楽部門では、作曲賞を『ライフ・オブ・パイ』が、歌曲賞を去年のグラミー賞に続きアデルの『007 スカイフォール』が受賞した。

<複数受賞作品>
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』監督賞、撮影賞、作曲賞、視覚効果賞
『アルゴ』作品賞、脚色賞、編集賞
『レ・ミゼラブル』助演女優賞、メイク・ヘアスタイリング賞、録音賞
『リンカーン』主演男優賞、美術賞
『ジャンゴ 繋がれざる者』助演男優賞、脚本賞
『007 スカイフォール』歌曲賞、音響編集賞


なお、授賞式の模様は3月3日(土)午後4:20からWOWOWでダイジェスト放送される。
(澤田英繁)

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2013/02/26 2:37

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