ワーナー・ブラザース映画のイベントで八代亜紀がジャズを歌う
ハリウッドの映画スタジオ各社が続々と創立100周年アニバーサリーBOXセットを発売している中、ついにワーナー・ブラザースも動き出した。ワーナーはハリウッドのメジャースタジオの中では10年遅れで参入した新参者であったため、今年2013年は創立90周年となる。
90年の歴史があるワーナーの代表作といえば、少しでも映画史をかじった人であれば『ジャズ・シンガー』(1927年公開)のタイトルを一番にあげるであろう。映画史はこれを抜きにして語ることはできない。もともと映画には音はなかったが、『ジャズ・シンガー』で初めて俳優が声を持って喋ったのである。人類が最初に喋った映画のセリフはアル・ジョルスンによる「待ってくれ。お楽しみはこれからだ!(Wait a minute. You ain't heard nothin' yet!)」だった。日本語の翻訳はこれぞ見事としかいいようがなく、今ではこのセリフはすなわち映画そのものを表す代名詞にもなっている。
スクリーンの中の俳優が喋ること。今ではごく当たり前のことが、86年前には驚くべき最先端技術であった。現代の映画のすべてはこの『ジャズ・シンガー』から始まったことになる。いわば映画の原点なのである。これがワーナーの一番の誇りとするところである。ワーナーは90周年を記念して、まずそのプロジェクトの第一弾として、この『ジャズ・シンガー』のブルーレイを1月18日にリリースした。
4月には90周年を記念してBOXセットが発売予定だ。50本セットと20本セットの2種類あり、『カサブランカ』、『時計じかけのオレンジ』、『エクソシスト』、『ハリー・ポッター』など、まさにワーナーの珠玉の代表作といえる映画がクラシックから現代映画まで一箱にぎっしりと詰まっている。興味深いのは、もともとはワーナーの作品ではないが、ワーナーが現在版権を握っている作品もワーナーの作品として収録されていることだ。『風と共に去りぬ』、『オズの魔法使』、『雨に唄えば』、『ベン・ハー』、『2001年宇宙の旅』などはメトロ・ゴールドウィン・メイヤーの代表作だが現在はれっきとしたワーナー映画という扱いになっており、そういうところもまたハリウッドスタジオの力を感じさせなかなか味わいがある。
まだまだある。ワーナーに最も貢献している映画人といっても過言ではない、クリント・イーストウッドの作品集のBOXである。現在も『グラン・トリノ』など、自作の多くをワーナーで発表しているイーストウッド。彼の俳優としての代表作『ダーティハリー』もワーナーを代表するシリーズであった。ワーナーはイーストウッドが出演・監督しているワーナー作品をまとめて20本セットにして発売する。イーストウッドへのインタビューに加えて、スコセッシやスピルバーグといった偉大なる映画人たちがイーストウッドを語りまくる映像特典も収録されるというから、これは映画ファンにはたまらないだろう。
ワーナー90周年を派手に盛り上がるために、1月16日に新橋で『ジャズ・シンガー』の上映イベントが行われた。これのゲストが素晴らしきかな八代亜紀(62)である。ワーナー・ブラザースのイベントに八代亜紀という一見ミスマッチそうな素敵な人選に感動して私も取材させてもらった。ワーナーの話はここまでにして、ここから先は八代亜紀の話をさせていただく。私は八代さんの大ファンなので、大好きな映画の取材もできてそれに加えて生の八代さんも取材できたのは役得である。その上、なんと生歌まで聞かせてもらえるというのだからこれに興奮しないわけがない。
とはいっても私は昔からのファンではなく、以前は演歌に拒否反応があったくらいである。ある日、ヘビメタ系の音楽番組になぜかゲストとして登場した八代さんを見て、その人柄の良さに好感をもったのがきっかけである。その後、YouTubeで「雨の慕情」の映像を見て腰が砕けるほど感動しまくった。そして八代さんのなんという美しさ。私はここからファンになった。そしてそれがきっかけで演歌が大好きになったのである。私に演歌の素晴らしさを教えてくれたのは八代さんだった。
しかし、なぜゆえワーナーのイベントに演歌歌手の八代亜紀なのか。これは八代さんがいよいよ今年ニューヨークでジャズ・シンガーとしてデビューするからである。去年発売した小西康陽プロデュースによる『夜のアルバム』はジャズ・アルバムだった。これが日本人としては世界最大級となる世界75カ国で同時配信。海外で高く評価され、NYでのライブが決定した。驚くかな、あのヘレン・メリルともデュエットが決定している。私もヘレン・メリルは愛聴していたが、演歌歌手の八代亜紀がジャズ・シンガーとなって、私の知る限り最も偉大なジャズ・シンガーのヘレン・メリルと共演するのだからこれは凄いことである。「まだ心の準備はできてない」とは言っていたが、「舟唄」もジャズバージョンで歌うと意気込んでくれていたし、以前ヘビメタバージョンも何度かやっているから、どのようにアレンジされた「舟唄」を聞かせてくれるのか非常に気になってならない。
話を聞けば、15歳のときに熊本から上京して、ジャズ・シンガーとしてナイトクラブで働いたことが歌手人生の原点だったのだという。当時は喫茶店に入ることも不良と言われた時代だったから、親にこっぴどくしかられたのだという。しかしそのときの経験があったから今がある。ワーナーの『ジャズ・シンガー』が映画の原点だとしたら、ジャズは八代亜紀の原点でもあったのだ。だからゲストとして出てきたわけで、このシャレのうまさに映画宣伝会社スタッフに感謝したい。こんなところで八代さんの生歌を拝めるなんて突然訪れた幸運である。
歌ったのは「フラミ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」と「クライ・ミー・ア・リヴァー」の2曲だった。1曲だけではなく2曲歌ったのがポイントである。曲と曲の間の八代さんによるフリートークは1曲だけの演奏だったら聞くことができたなかっただろうから。「演歌歌手八代亜紀ですから、ジャズ・シンガー・アキ・ヤシロとしては緊張しています」というようなトークだったが、それだけでもNYのナイトクラブにいる気分だった。バックバンドの演奏も良かった。最初は映画のスクリーンの前で歌うということだから過去の私の経験からして絶対にカラオケだろうと思ったが、ちゃんとベーシストもドラマーも来ていて本格的なジャズの生演奏を聞くことができたのは幸運だった。欲を言えば「雨の慕情」もぜひ生で聞きたかったのだが、隣の記者は「いや、ジャズの方がレアですよ」と一言。言われてみれば納得である。なかなかこんな機会はないのだから。
しかしながら60を過ぎても、八代さんのそのチャーミングなこと。喋り方にもかわいげがある。ひとつ感動的な話をしてくれた。ワーナーの映画に『ボディガード』というあまりにも有名な作品がある。グラミー賞に輝き、日本でも社会現象になる大ヒットを起こした作品だ。今は亡き歌手のホイットニー・ヒューストンがボディガードと恋に落ちるストーリーだが、その映画は八代さんの人生をも大きく変えたのだった。短いトークながらも、実にドラマを感じさせる深い話なのでここに引用する。
「私が好きなワーナーの映画は『ボディガード』。マネージャーがボディガードだったの。わかる? 私『ボディガード』を見て結婚したんです。ボディガードしてくれるマネージャーと結婚しました。だから今もずっとボディガードなの」。司会から馴れ初めをきかれた八代さんは「大切な人がなくなる夢を見たの。夢の中で私のマネージャーが”結婚するからもう面倒を見られなくなりました。さよなら”といってどこかに行っちゃうんですね。それが悲しくて、夜中の3時にマネージャーに電話したの。そしたら"僕はどこにも行きませんよ。ずっと支えるから。明日も仕事早いから寝なさい"って言ってくれたんです。それで次の日、私は”嫁さんになってもいいよ”って言ったんです。それで結婚したんです」と答えていた。まるで恋愛ドラマのワンシーンを見ているような良い話である。この日映画の解説で来ていた新婚熱々の有村昆さんもこのエピソードには心から感動している様子だった。(澤田英繁)
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2013/01/21 0:20