松任谷由実『魔女の宅急便』主題歌誕生の秘話

『魔女の宅急便』

『魔女の宅急便』と『おもひでぽろぽろ』のブルーレイディスクが12月5日よりウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパンから発売中だ。これを記念して12月9日(日)にスパイラルホール(港区南青山)で行われたトークイベント「やさしさに包まれたなら」に、シンガー・ソングライターの松任谷由実と鈴木敏夫プロデューサーが登場した。


松任谷(荒井)由実の「ルージュの伝言」と「やさしさに包まれたなら」が『魔女の宅急便』のオープニングとエンディングに使われたのは今から23年も前のこと。これだけの時を経ても、いまだに街中で「ルージュの伝言」が流れると、誰しも魔女のキキがホウキに乗って空を飛んでいる映像を思い出してしまう。それほど日本人の脳内には鮮明に刷り込まれているものであるが、この2曲がなぜ『魔女の宅急便』に使われることになったのか、直接本人たちに語ってもらうのがこのイベントの趣旨であり、ジブリファン、ユーミンファンにはたまらないスペシャルな内容であった。


会場のステージも『魔女の宅急便』風に飾られていて、バックにはパン屋さんをイメージしてたくさんのパンが陳列してあった。天井を見上げると、大きなホウキが釣ってあって、黒猫のジジがホウキに乗っていた。座席はほぼ満席。ユーミンの熱心なファンは早くから来てずっと待っていたようである。松任谷由実がいよいよ登場すると、ファンから大きな歓声と興奮の声、「可愛い!」という声があがった。


松任谷由実も鈴木敏夫もこういうトークイベントに出ることは滅多になく、松任谷由実も最初に「トークイベントに出るのは10年に1度くらいしかない」と言っていたくらいで、もちろん2人がこうして対談したのも初のことだった。まさにファンにとっては非常に貴重な1時間。それでも、喋ることにかけては2人とも当然ながら慣れたもので、鈴木プロデューサーは椅子に座るなりいきなりあぐらをかいてリラックスしたものだった。


なぜ松任谷由実の曲を使ったのか、気になるその理由は、ちょうどその頃鈴木プロデューサーが付き合っていた彼女に松任谷由実のコンサートに連れていってもらった後だったため、スタジオで主題歌を誰にお願いしようか決めるときに「じゃあ昨日ユーミンを見たからユーミンにしよう」となったそうである。なんとも軽すぎる理由に会場のファンも失笑していた。それも最初は映画のために新曲を書き下ろしてもらうはずだったという。「私に台本の読解力がなくて、迷っていたら時間がすぎて・・・」と松任谷は言い訳していたが、「それで1年ですよ。たしか1年前にお願いしましたよね(会場笑)」と鈴木プロデューサーに突っ込まれていた。松任谷が「でも映画にぴったりな曲を選んでいただきました」と言ってお辞儀をすると、鈴木プロデューサーは「あの2曲がなければ映画は成り立たなかった」と熱く語り、松任谷はそれを聞いて「やったー!」と言って無邪気にガッツポーズで喜んでいた。


また、松任谷由実の歌唱力について、鈴木プロデューサーは「40年やってるのに全然うまくならない! そこがいい!」とコメント。これには松任谷もぷっと吹き出して「自覚しています」と笑って話していた。なお、鈴木プロデューサーのこの言葉の真意は、「大抵歌手の人は時が経つと歌が上達するから、うまく歌おうとして個性がなくなるけれど、いつまでも同じ歌い方を守り続けている松任谷由実は自分のスタイルを持っていて素晴らしい」ということである。


鈴木プロデューサーは、さすがはスタジオジブリの顔といえる人物だけあって、とにかくバイタリティにあふれていた。司会者に向かって「彼は今恋愛に悩んでるんですよ」とふり、司会者を困らせる一幕も。そしてついに、本番中に熱くなりすぎて、本人の前で言いたくて我慢できなくなって新作の秘密情報まで漏らしてしまった。これもボスだから許されることだ。もうここだけの話ではなくなったが、スタジオジブリの次回作(近日中に発表予定)に松任谷由実の「ひこうき雲」を使うつもりで企画を進めているというのである。「宮崎駿も歌詞が作品のテーマにぴったりって言ってたし、使いたいんだけど、どうかな?」とトークイベントの席で電撃オファーするまさかの展開になり、会場は一瞬どよめいたが、松任谷は「今鳥肌が立った」といって自分の両腕をさすり、二つ返事でOKした。「今年一番嬉しいことです。私にとってはデビュー曲ですし、このために40年やってきたのかもしれない」と目を細めていたが、鈴木プロデューサーは「実現するまでにはいろいろと面倒な手続きをしなければならないから」とも付け加えていたので、このビッグニュースも今はまだただの口約束以下でしかない。とはいえ公然とここまで吐けば、もう後には引けまい。


以上のやりとりからもわかるように、鈴木プロデューサーの感受性の豊かさが、このイベントを盛り上げていたように思える。ひとつひとつの出来事に心から感動している様子だった。松任谷が「イギリスのロック・グループのプロコル・ハルムとジョイントしている」といえば即座に「青い影」と答える博識を持ち、松任谷が「ジブリの世界は宮沢賢治みたい」といえば「宮沢賢治の世界は法華経だ」と答え、そこから面白い会話に発展していく。


ちなみに、松任谷由実活動40周年を記念したベストアルバムのタイトルが『日本の恋と、ユーミンと。』だったことに鈴木プロデューサーは「これは売れる!」と真顔で大感動していたし、その異常な感動ぶりに観客も爆笑していた。鈴木プロデューサーは「”日本”の恋」とまで書いたことに痛く感銘を受けていて、「日本人が恋をするようになったのはユーミンを聞いてからだ」と満足げに自分で納得していた。ベストアルバムの曲順とアルバム全体の一貫した流れについても絶賛していたが、松任谷がアルバムの最後の曲を覚えてなかったことに対して一瞬固まった鈴木プロデューサーは「自分のアルバムだからちゃんと覚えとこうよ」とここでも突っ込んで笑わせてくれた。松任谷は正直に「曲順とタイトルはスタッフが考えたものですから」と明かしていた。


『魔女の宅急便』のブルーレイには、英語、フランス語、ドイツ語、中国語の音声も収録。絵コンテやアフレコ台本などの映像特典がつく。DVDよりも色が綺麗に再現されており、よりフィルムの質感に近づいている。イベントの最後に『魔女の宅急便』のオープニングとエンディングを、松任谷、鈴木プロデューサーと一緒にその場で鑑賞する粋な計らいがあったが、上映されたブルーレイ映像がまた実に綺麗だったこと。23年前、子どもの頃に何度も見た映画だけれど、大人になった今こそ、キキの自立していく姿が何とも愛おしく映って見えた。松任谷由実はじっと真剣に映像に見入り、歌のところでは鈴木プロデューサーはリズムにのって体を揺すっているのが見えた。(澤田英繁)

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2012/12/10 3:23

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