中谷美紀『猟銃』初舞台にして90分強のモノローグに挑む

猟銃

女優、中谷美紀(35)が初めて舞台に立つ『猟銃』が10月3日(月)からパルコ劇場で上演中だ。これまでに『電車男』、『嫌われ松子の一生』など、映画女優としては揺るぎない人気を誇る中谷だが、まだ一度も舞台に立ったことがなかった。『猟銃』はファン待望の初舞台作品となる。

とはいえ、これが初舞台とは思えないほどの難役である。1人で3役。1人の男の前で、その妻、その愛人、その愛人の娘、3人の女性がそれぞれ胸の思いを語るというもので、上演時間90分強、最初から最後まで中谷1人だけのモノローグで構成されている。セリフだけで小説一冊朗読相当のボリュームである。途中休憩はなく、3役それぞれの衣装は舞台上で替えられる。

中谷は「演じることを職業にしているにもかかわらず、人前に出ることは得意ではないので、フランソワ・ジラール(『猟銃』演出)との出逢いがなかったら舞台に立つことはなかった」とコメントしている。フランソワ・ジラールはシルク・ドゥ・ソレイユの『ZED』などで知られるカナダの演出家。映画監督でもあり、以前は『シルク』で中谷を起用したことがあった。井上靖の原作に惚れ込んだフランソワは、本作を映画ではなく舞台で描くことを選んだ。3人の女性を中谷1人に演じさせることを考え、ついに中谷も初の舞台へ。フランソワは初舞台と呼べるにふさわしい作品を作り上げた。

本作の特徴はミニマリズムにあるといっていい。装置については、観客に見えるものは床のみ。背景は漆黒の闇で、そこに3人の女性の手紙がうっすらとカーテンのように浮き上がっている。そしてその奥に猟銃を持つ男性がたたずんでいる(写真)。形態や色彩を最小限にまで突き詰めており、そこに和の美術が加味される。この表現技法は映画では許されるものではなく、舞台ならではの趣がある。

相手役はシルク・ドゥ・ソレイユの『LOVE』サージェントペパー役で知られるロドリーグ・プロトー。90分終始、彼は一言も喋らずしてきっちりと中谷と”共演”している。中谷のセリフに呼応しており、舞台の奥でたたずんでいる中にも、そこに揺れ動く心の機微がじわじわと伝わってくる。舞台中央の中谷と、舞台奥のプロトー。その遠近感が、終始流れ続けている背景音楽の微妙な変化と相俟って見事な対位法になっており、独特の様式美を醸し出している。

本作において装置といえるものは床だけであるが、この床に驚かされる。最初紫色のカーディガンで登場する中谷。床は水で満たされている。その上を中谷は裸足で歩くのだが、水面が波打つ様が暗闇の中に見てとれる。中谷はマッチを擦り、そこに線香をあげる。客席にも線香の匂いが漂ってくる。水や火が視覚だけでなく嗅覚にまで訴えかけるアートとなるのである。続き、床はみるみる砂利になり、最後には木へと転換していく。床に反射してぼんやりと写る中谷の鏡像さえも舞台ではアートとなる。

中谷はこの舞台に向けて「舞台で繰り広げられる芝居と観客は一期一会。公演ひとつひとつを誠心誠意演じることが私に与えられた役割」とコメントしている。90分以上、神経を研ぎすまし、感情を露にして、まさに迫真の演技を見せる中谷。こんな中谷美紀はかつて見たことがなかった。見終わった後には、誰しもが中谷に尊敬の念を抱くことになるであろう。

東京公演は10月23日(日)まで。それ以降は順次、兵庫、新潟、福岡、名古屋、京都にて公演する。(澤田英繁)

東京公演の問い合わせ=パルコ劇場(03-3477-5858)

[PR] 戦国時代カードゲーム「秀吉軍団」好評発売中

2011/10/03 3:07

サイトのコンテンツをすべて楽しむためにはJavaScriptを有効にする必要があります。