99歳・新藤兼人「何でも終わりがあるように、とうとう私も終わりが参りました」

『一枚のハガキ』

世の中には映画の数だけ舞台挨拶がある。筆者もこれまで数多くの舞台挨拶を取材してきたが、8月6日(土)にテアトル新宿で行われた『一枚のハガキ』の初日舞台挨拶ほど、感動に打ち震えた舞台挨拶はない。

99歳、日本最高齢の映画監督、新藤兼人が映画監督としての引退宣言を行った舞台挨拶である。それは、監督業の引退というよりも、人生の引退宣言といえるものであった。人生を引退するにあたって最後に伝えておきたいこと。終わりが近づいていることを感じている人たちが抱いているその思いを、監督は一人の人として代弁しているように思えた。そのスピーチは、声を震わせながらも、しっかりと一言一言語っており、とても感動的なものであった。

『一枚のハガキ』は新藤監督にとって49本目の監督作品。自身の戦争体験をベースにして本を書いた。広島出身の監督が、原爆の日のこの日を公開の初日としたことにも意志の堅さを感じる。監督は「なぜ戦争みたいなバカバカしいことをやるんだというのがテーマです」と作品にかける思いをゆっくりと語った。「私が32歳のときに軍隊へ取られまして、軍隊というのも戦争の軍隊ではなくって、掃除を軍隊で・・・」と語っていると、孫の新藤風(34)から耳打ちされ、「・・・皆映画を見てるんだから、あまりクドい話はするなと今孫から言われました」とおどけて客席を笑わせるユーモアも見せた。

舞台挨拶には新藤組のキャスト、豊川悦司(49)、大竹しのぶ(54)、柄本明(62)、倍賞美津子(64)、津川雅彦(71)も駆けつけ、監督にとって最後になる「初日」をめでたく盛り上げた。

99歳で本当に映画が作れるのか信じていない人もいると思う。そこは大竹が「監督はすごく細やかな演出をしてくださって、すべての動きやセリフの言い方も全部指示して下さいました。私たち俳優は監督の指示どおりに動いただけです」とコメントしており、本当に新藤監督の手で紡がれた作品であることを証言していた。

倍賞は「監督に後光が差していた」と振り返った。津川は「ご自分の戦争体験をしてくださったんです。面白くって可笑しくて、戦争の話ってこんなに面白いのかと思ったくらいで。悲惨な出来事でも語り口はコミカルでした。この作品も、まさしく匠の腕をもったプロ中のプロの作品だなと。この作品をお送りできることは我々としては誇りです」と今も衰えていない監督の腕を讃えていた。

監督はマイクを持つ力がなく、孫にマイクを持ってもらって話していたが、キャストのみんなはそんな老いた姿を見ても決して哀れみの表情などは見せたりはしなかった。みんな笑顔で監督を見守り、あれこれと監督についてのちょっと恥ずかしくも面白い逸話を話していた。

柄本は「この作品の衣装合わせのときに、監督の前に立ちましたら、車椅子なんですが、監督は色々指示していまして、興奮して、立ち上がろうとしてオナラをしまして。ぷーーーーっという(会場笑)。監督はオナラの音は聞こえてないんじゃないかと思うんですけれども、二度もなさいました。あー、実にめでたいなぁと思いました。まさに生きている限りという感じです!(会場笑)」と微笑ましい思い出話で会場の笑いを誘った。

津川も「監督に『この役はお前しかいない』って言われて喜んでいたら、それは監督の嘘でした。後で聞いたのですが、僕よりも前に緒形拳にも同じように話していたんです(会場笑)」と監督の笑い話で場を和ませた。

豊川も「前回も今回も呼んでいただいた。二度あることは三度あるということで、また100歳になって次回作もよろしくお願いします」とニンマリ顔である。キャストみんなが監督を慕っている様子が伝わり、みんな次回作を熱望していた。本作はまだ49作目。数字としては切りが悪い。たしかに100歳、50作目を見たいところではある。

大竹から大きな99本のバラの花束を贈られると、新藤監督は「99本のバラが重たくて、取り落としそうです。しっかりと抱きしめています」とコメントして観客を笑わせた。

監督の最後のスピーチは次の通りである。途中、感極まって言葉が出なくなるところもあった。

「この映画は去年98歳のときに作ったんですけど、もうなんとなく終わりだという感じがしまして、終わりの映画を一本作りたいというようなことで、皆さんに集まっていただいて一本作りました」

「これまでやって来られたのも皆さんのお陰だと思っています。これはお世辞ではありません」

「いつもお金がない。いつもなかなか撮影に入れないというようなことを続けてきました・・・。いつも本当につまずいていまして、つまずくたびに額をぶちつけまして、これは大変だと。ここで倒れては次が続かないと、もう泣きたい思いなんだけど、泣いてはいけない・・・。前を向いて行かなきゃいけないと思いまして、続けて参りました・・・」

「しかし、とうとう・・・何でも終わりがあるように、私も終わりが参りました・・・」

「皆さんと・・・・・・・・・・・お別れです」

「今まで作った映画。映画に対する思いがありますから、新藤はこんな映画を作ったんだという風に時々思い出してください・・・。私は死んでしまいますけれど、これだけが望みなんです・・・。そうすれば私は死んでも死なない」

「何を作ったか、何という映画を作ったか・・・。映画がいつまでも生きて、私が作った映画を思い出していただけること・・・。これを望みに、死にたいと思います(会場笑)」

このスピーチに、客席からは惜しみない拍手が送られた。いつまでもいつまでも鳴り止まない拍手である。涙を拭う観客も多く見られた。津川も舞台上でハンカチを取り出し涙を拭っていた。

みんな老いた監督を見て悲しくて泣いていたわけではない。みんな笑顔で涙を拭っていた。本当に素晴らしいものを見たときに流す感動の涙である。みんな監督を讃えて満面の笑顔で拍手を送っていた。そこにはネガティブな要素は微塵もなかった。

舞台挨拶の拍手というものは概して形式的なものばかりだが、この日の拍手は、みんなが心から送っている拍手に思えた。普段は拍手しないマスコミカメラマンたちまでもカメラを放り出して大きな拍手を送っていたほどである。拍手は続くこと20秒。その温かい拍手に思わず筆者も胸がじんと熱くなった。心のこもった拍手というものは、その気持ちがちゃんと拍手の中に宿って伝わってくるものなのだ。

『一枚のハガキ』は、テアトル新宿、広島・八丁座にて先行公開中。8月13日(土)より全国ロードショーされる。(澤田英繁)

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2011/08/08 1:29

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