歴史に記されていなかったチャップリンの幻の出演作が東京で初上映される
「チャップリン映画祭」が4月9日(土)から開催中だ。『ダンシング・チャップリン』(配給・アルタミラピクチャーズ/東京テアトル)の公開を記念して行われているイベントであり、サイレント映画の不朽の名作『街の灯』や、チャップリンの最高傑作と称される『殺人狂時代』など、巨匠チャールズ・チャップリン(1889-1977)の代表作を映画館の大きなスクリーンで見ることができる。
初日には、世界的なチャップリン研究家であり、チャップリン関連の著書も多数書いている大野裕之氏(日本チャップリン協会)と、『ダンシング・チャップリン』を監督した周防正行監督が登壇し、トークショーが行われた。
”映画史が変わってしまう大発見”
映画祭の最大の目玉は、チャップリンの幻の出演作品『泥棒を捕まえる人』が東京で初めて上映されたことである。同作は、アメリカの映画研究家ポール・E・ギルギが骨董市でわずか90ドルで買ったフィルムの中から96年ぶりに発見されたもの。世界中のチャップリン研究家5人によって鑑定され(大野氏もその1人)、映像に写っているチョビ髭の警察官が紛れもなくチャップリン本人であることが認められた。
同作は1914年2月19日に公開されており、チャップリンのデビュー4作目ということになる。このとき24歳だったチャップリンにとっては2本目か3本目の撮影参加作品とみられ、チャップリンが初めてちょび髭の扮装をしたのは、もしかしたらこれが最初である可能性も出てきた。よくテレビで「お宝映像」という表現が使われるが、これこそ文字通りのお宝映像。未公開作品ではなく、公開されていることが重要なポイントであり、映画史上最も愛された映画のアイコン的存在のチャップリンのそれまでのフィルモグラフィーを覆してしまう歴史的大発見となった。
同作の主役は当時大スターだったフォード・スターリングであり、後に『黄金狂時代』でチャップリンと一緒に靴を食べることになるマック・スウェインが悪漢役で出演している。チャップリンはキーストン・コップスの一員として少しのシーンで出ているだけだが、チャップリンが自分とは正反対のキーストン・コップスをやっていたというだけでも歴史的にすごい発見である。しかし、わずかな出番ながらも、いかにも「大物ゲスト登場でござい」といった真打ち風の登場で、『担え銃』を彷彿とさせる天才的感性が早くも発揮されているのはさすがはチャップリンと唸らせる。これを発見したギルギは思わず自分の目を疑っただろう。
当時は今でいうとテレビ番組のように毎週沢山の映画を量産していた。上映時間は10分程度のものばかりで、チャップリンは1年に35本の映画に出演したとされているが、その35本が何の情報を元に記録された35本なのか、その根底さえも疑ってしまうこの大発見に、訪れたクラシック映画ファンも驚きを隠せなかった。今後もチャップリンの幻の出演作品が発見される気さえしてしまうほど、当時としては非常にクオリティが高く、歴史に埋れたことが理解できない作品であった。
”日本で最も新作が気になる映画監督”
話は変わるが、日本で最も新作が気になる映画監督は、周防正行監督ではないだろうか。周防監督の映画の特徴は、描いているモチーフが非常に明確だということである。これまで相撲、社交ダンスというモチーフを描いてきたが、相撲や社交ダンスに全く興味のない人でもその世界にのめりこませてしまう手腕は見事の一語。寡作なため、一本の作品を発表するまでの充電期間はチャップリンばりに長いが、その分、ものづくりは徹底している。長い沈黙の後、『それでもボクはやってない』を発表したときには、無駄を削ぎ落とし、裁判という世界を真っ向から描きながらも、それでいて極上のエンタテインメントとして成立させた完璧な内容には世界中の観客が度肝を抜かれた。
さあ、裁判と来て、次はいったい周防監督は何を描いてくれるのだろうか。それは映画ファンにとって大きな楽しみのひとつである。長い沈黙のあと、周防監督がようやく発表したのは「バレエ」と「チャップリン」をモチーフにした『ダンシング・チャップリン』だった。ローラン・プティのバレエを映画化したもので、前半はメイキング的な内容、後半はバレエをじっくり映し出したものだという。メインキャストも草刈民代を除けば外国人バレリーナが中心。普通の映画とは表現形式が大きく異なるが、それでいて映画として破綻していない映画ならではのエンタテインメントを作るという。この報を聞いて、世界の周防監督だからこれは面白い映画になるだろうと素直に思ったファンも多いだろう。
”チャップリンは好きとか嫌いとかの存在じゃない”
もともとクラシック映画ファンでもある周防監督は、チャップリンに大きな影響を受けているという。「中学生か高校生のとき、学校の視聴覚教育で年に2回くらい外の映画館に見に行く授業があったんです。このときに見たのが『モダン・タイムス』でした。このときの驚きが今でもあるんです」と語る周防監督。「改めて見直してみましたが、テーマ的に古びていない。ますます今日的な映画になっているというのは驚きでした。これは社会批判でまとめられるような映画ではなくて、歌うシーンの楽しさ、いい加減さがあって、それでいて映画として完成されているのが、懐が深い感じがします。好きな映画監督と聞かれてチャップリンというと、好きとか嫌いとかの存在じゃないですね。あえてそのときに名前を出すのにはならないくらいの巨匠です。映画ファンであればもっと知らない監督を言ってみたり、"僕はもっと違うのを見てますよ"というけど、チャップリンは素直にすごいなとしか言えないですね。気安く呼べる人じゃないです」とチャップリンへの思いを語った。
世界で最も偉大なバンドのひとつピンク・フロイドの狂気的なロックをバレエで表現するなど、これまでも革新的な挑戦を行ってきた振付師ローラン・プティ。映画化にあたって、周防監督とプティは、カメラを屋外に出すかどうかで衝突した。チャップリンの偉大さは、身体表現と、それを自らコントロールして映画にしていることだと分析する周防監督は、映画だったものがバレエになって、それをまた映画に戻すことに映画監督としての闘志を抱いていた様子で、「プティと僕の考えの違いは、振付監督と映画監督の違いだと思った。これは映画だから僕が彼の意見を取り入れることなく勝手にやってしまいました」と笑顔でコメントしていた。
”草刈民代のラストダンス”
製作にはふたつの背景がある。チャップリンを踊れるダンサーが世界にはルイジ・ボニーノ1人しかおらず、62歳になったボニーノの年齢を考えて、彼が踊れなくなる前に映像に残す使命感にかられたことがひとつ。もうひとつは、監督の妻・草刈民代がバレエを引退するため、愛妻に有終の美を飾るための最高の舞台をプレゼントすること。「そもそも僕がバレリーナと結婚してなきゃ無い話です」とまさか結婚生活15年にしてのろけられるとは思わなかったが、男にしてみればまことに羨ましい夫婦で、妻のラストダンスが夫の映画とは、なんという粋な計らいであろうか。
チャップリン映画祭はヒューマントラストシネマ有楽町の10時開始回のみの上映で4月22日(金)まで開催。なお、映画祭の一環として、チャップリンの映画に主演した女優ソフィア・ローレン、クレア・ブルームのサイン入り写真集「チャップリンの日本」他を販売中で、この収益は東日本大震災の義援金として寄付される。『ダンシング・チャップリン』はチャップリンの誕生日4月16日(土)から銀座テアトルシネマ他にて全国公開。(文・澤田英繁)
2011/04/10 23:29