『ハナミズキ』5億円を40億円にする方法
9月4日(土)、デジタルハリウッド大学(秋葉原)にて、映画『ハナミズキ』の那須田淳プロデューサーと土井裕泰監督が公開講座を行った。
『ハナミズキ』は東宝が配給。新垣結衣と生田斗真が主演するラブ・ストーリー。『涙そうそう』、『恋空』の那須田プロデューサーと、『いま、会いにゆきます』の土井監督が手がけた作品だ。
「映画というのは、色々な人が出資して、何年もかけて力を注ぐので、出資した額以上の収益を出さなければいけません。トントンじゃ意味がないんです。たくさんの人に来てもらうためには、良い作品を作らなければいけない」と切り出したのは那須田プロデューサー。映画のビジネス戦略についてたっぷりと語ってくれた。
那須田プロデューサーは、「この映画では外国にも行きました。たった20分しかない外国のシーンのためだけに何億円とかけてます。この映画のテーマは”100年続く愛”で、このフレーズを作品の中に入れることが最大の課題でした。外国に行かなければ3分の2の予算で済んだでしょうが、テーマを表現するためには外国に行くことは必要でした。ただの純愛映画をやりたかったわけじゃなくて、海外の部分だったり、長い年月を描くことが必要でした。企画を思い付いたときにテーマを持つ。それが宣伝のキャッチコピーになって、脚本もそこからできていく。テーマをどう表現するか考えながら、どれだけコストをかけられるかを測っていく。それが自分にとって大事なことでした」と語る。
『ハナミズキ』の製作費は5億円だが、那須田プロデューサーは興収40億円を目指すという。
「『涙そうそう』は31億円、『恋空』は39億円でした。『恋空』は携帯小説という社会現象があったのであれだけヒットしましたが、そこからストレートなラブストーリーに対して若い人は支持してくれるんだなという確信がありました。『恋空』は社会現象的なことも手伝ってますが、やっぱり作品を作るごとにステップアップしていきたいので今回は40億円を目標にしています」
そもそも『ハナミズキ』という映画を作ることにしたきっかけは何だったのだろうか?
「一青窈さんの『ハナミズキ』は発売から何年も経っているのに、未だにカラオケではベストテンに入ってるんですよ。これだけ愛されてるんだから、この曲には”何か”があると思いました。そこで、この曲を映画にしようと思ったんです」と那須田プロデューサーは振り返る。
「”プロデューサー”の上には”製作”と”製作総指揮”という一番偉い人がいるんですけど、製作の八木康夫さんたちと企画しまして、一青窈さんに会って、”どういう映画にするか全く決まってないんですけど映画化してもいいですか”とお願いしたら”わかりました。お任せします”と言ってくれて、そこから3年もかかってるんですよ。"100年続く愛って何だろう"、それを描こうと思っていたのですが、自らハードルを高くした感じでした」
「まずは、30才くらいの若いお父さんが癌で、幼い娘の成長を見られなくて、どんな思いを残してあげられるかということで、お庭にハナミズキを植えるというアイデアがありました。しかしこれだけでは皆に愛されている歌を映画にするには弱いと思いました。そこで別のテーマも必要になって、北海道のローカル番組のドキュメンタリーを見て、好きな女の子が東京に行ってどんどん綺麗になって、待っている男の子が失恋する話を思いついたんです。二つとも全く別の話なんですけど、両方やれるように考えて行くことにしました。映画のテーマを描くために、両親の歴史にさかのぼって、プロットから作っていったら、プロットがこれだけ分厚くなったんです」
そう語ると、那須田プロデューサーは書き上げた何百ページものプロットを取り出し、生徒たちに回覧させた。もしもこれだけのプロットを全部映像にするとしたら大河ドラマができてしまうだろう。脚本の吉田紀子は、この膨大なストーリーを2時間のシナリオにまとめなければならなかった。
キャスティングについては、那須田プロデューサーは「新垣さんは、高校生役をやっても大丈夫だし、清純で、人間としての温かさだったり弱さだったりが表現できる演技がうまい女優だから。生田君については、かっこ悪い人がかっこ悪い役を演じても女性客は来ない。かっこいい人がかっこ悪い役を演じた方がいいから。『人間失格』はまだ公開されていないし、過小評価されてるんじゃないかと思ってまして、まだ人気者じゃないけど、公開するころには人気者になるだろうと思って。第一希望でした」と語る。しかし、何より重視すべきはスケジュールだといい、「映画は監督のスケジュールと俳優のスケジュールを合わせるのが大変なんです。場所も北海道だったりするし、この映画のテーマを表現するためには、やっぱり四季は撮りたいから」と語っていた。
クランク・インは2009年の9月だった。ここからは監督の仕事になる。土井監督はこの映画を監督するにあたり、「恋愛の綺麗なところだけじゃなくて、辛いところも描きたいと思って、主役の二人にはリアリティを求めました」と語る。
「10年間の話なので、ラブ・ストーリーというよりはライフ・ストーリーだなと。10代・20代のころの自分の恋愛を思い出してみると、恥ずかしいことっていっぱいあるじゃないですか。そういったことを彼等にも求めました。だから10代と40代では感想も全然違うと思うんです。結末についてはファンタジーでもいいと思って、リアルではなく希望を描くことにしました。僕も子供の立場から親の立場になって、こんなに守られていたんだと気づく瞬間があって、エンディングに冒頭とつながるカットをいれたのもメッセージとしてそういう思いを入れたかったからなんです」
質疑応答の時間には、映画監督を目指す生徒のために助言を求められた土井監督は、「僕はテレビドラマを20年やってまして、20年で機材はものすごく変わりました。僕が入ったころは分厚いテープを使ってたけど、今ではハードディスクに変わりました。でも20年経っても変わらないのは、現場では人が作ってるということです。一緒にやってる助監督、照明、俳優に自分が思ってることをどう伝えるか。人に興味を持たなければこの仕事はできません。現場では僕はあまりやることがなくて、全部人にやってもらっています。同じものを作ってるんだから、自分をオープンにすることが大事です。何かを描くといえば、やっぱり人を描くことなので、その意味でも人に興味を持たなければいけません。人間のことを怖がらないで、飛び込んで行って欲しいです」と的確にアドバイスする場面もあった。
また、土井監督は、「最初会社に入って、わけもわからず怒鳴られながらやってたことに大事なことが沢山あったんだなということが、今この年になって自分が誰かに教える立場になったときにわかりました。自分が40才になっても何かのベースになるのは10代のときに見たものです。今はDVDで何でも見られますが、昔は名画座に行ったり、テレビ放送を待っても録画できないし、ひとつひとつがとても貴重でした。若いときに見たり聞いたりしたものは原体験になっていますが、今は出会うことに対する感動が薄くなってると思うんです。僕は高校生のときに『太陽を盗んだ男』という作品を学校の文化祭で見てショックを受けました。今までは見る側だったんですけど、作ってる人の存在を初めて見た瞬間でした。それはすごく大きいですね」と自身の経験が映画制作にも生かされていることを付け加えていた。
日本の興行収入成績は洋画と邦画の区別がないため、数多い競合作品の中から1位になることは大変なことだが、その中で本作は競合『借りぐらしのアリエッティ』を抑えて公開から2週連続で見事興収1位にランクされた。
那須田プロデューサーは、「初日の前日はいつも心配なんですよ。でも今回は『借りぐらしのアリエッティ』、『踊る大捜査線』がヒットしてくれたことで、逆に劇場で予告を沢山見てもらえるチャンスだったんです。作戦どおりに行きました」と一安心した表情だった。いずれも東宝の配給だが、ライバルをも利用してしまう。これぞ映画のビジネス戦略なり。
映画を企画し売り込むプロデューサーと、映画を作品として作り上げる監督。出資者、スタッフ、キャスト。そして我々観客たち。普段何気なく見ている映画にも製作から興行まで色々な人間がひとつの輪になって成立していること。そうやって30、40億という収益をあげていく。真剣に耳を傾けていた生徒たちもこの日は映画一本の重みをずしりとリアルに感じとることができたであろう。
なお、デジタルハリウッド大学では、ほぼ毎月こうして映画監督・映像クリエーターを招いて公開講座が行われており、一般人でも参加することが可能だ。(文・澤田英繁)
2010/09/08 7:48